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アンバランスな放課後32
日期:2018-06-26 11:49  点击:242
32 板挟み
 
 ところが——何だか私はわけが分らなくなった。
 矢神貴子は、自分の家へ私を招いて、ケーキやお茶を出してくれたのだが(ケーキは少々うんざりだったが)、話といえば、学校での取りとめない話題ばかり。
 そして、文化祭のことを少し話すと、矢神貴子は時計を見て、
「ああ、ごめんなさい」
 と、立ち上った。「私、友だちを呼んでいるの。そろそろ来る時間だわ。今日はありがとう。楽しかったわ」
 私は呆《あつ》気《け》に取られたものの、まさか居座るわけにもいかず、
「ごちそうさま」
 と、礼を言って、失礼することにした。
 玄関まで送ってくれた矢神貴子は、
「じゃ、気をつけて」
 と、言っただけだった。
 ——どうなってんの?
 私が首をかしげながら、矢神家の門を出ると、同じ二年生の子が三人、ちょうどやって来たところだった。
「今日は」
 と、声を交わし、「この近くなのよ」
 と、二言三言、話をして、別れる。
 矢神貴子が、なぜあんな風に私を招いたのか、見当もつかなかった。——何も考えなしに、行動する人じゃないが、私としては、別に何一つ、まずいことを言いもしなかったのだから……。
「ま、いいや」
 と、肩をすくめて——住宅街の、静かな通りを歩き出す。
 本当に、こんな昼間でも、全然人が通らないことがあるくらい、この辺りは静かなのである。
 その時——背後に、急に車のエンジンの音がした。
 振り向くと、猛然と突っ走って来る車——。アッと思う間もない。
 私は、立ちすくんで動けなかった。とてもよけられない!
 いきなり、誰かが私をかかえるようにして地面に体を投げ出した。車が風を巻き起こして、走り去る。
 一瞬の差——一秒とはなかった。
 私は、起き上った。
 今のは……。今の車は……私を殺そうとした!
 私は、助けてくれた人の方へ目をやった。
「ありがとう!——あら」
 起き上ったのは、見たことのある若い男だった。
「河井知子さんの……」
 父のマンションで殺された、河井知子の弟だ。
「何で、お前なんか助けたのかな」
 と、不機嫌な顔で立ち上る。
「でも——ありがとう。死んでるところだったわ」
 と、私は言った。
「フン、別に、お前のこと、許したわけじゃないぞ」
 河井は、パッパと手を払うと、「ただ、あの電柱の陰で見てたら、車が走って来て……。自分でもよく分らない内に飛び出してたんだ」
「そう」
「——けがは?」
 と、河井は言った。
「私は大丈夫。——あら、その肘《ひじ》のところ」
 河井の左の肘に少し血がしみ出していた。
「——すりむいただけさ」
「でも、手当しないと」
「放っといてくれ」
「そうはいかないわ」
 と、私も頑固である。「手当させてくれなきゃ」
「だけど——」
「一緒に来てよ」
 と、私は言った。
 
「芝さんも、本当にドラマチックなんですねえ」
 と、千恵が言った。
「悪いわね、突然」
「いいえ、どうせ一人で退屈してたから」
 千恵は、河井の肘の傷に包帯を巻いてやりながら、「でも、良かったですね、危《き》機《き》一《いつ》髪《ぱつ》で助かって」
「この人のおかげ」
「お節《せつ》介《かい》なんだ、要するに」
 と、河井は相変らず不機嫌である。
「——さ、これでいい、と」
 千恵は、救急箱を片付けながら、「骨は大丈夫だと思いますけどね」
 と、言った。
「あなたって、本当に器用ね」
 私は舌を巻いた。
「じゃ、俺は行くぞ」
 と、河井は言って、立ち上った。「手当をありがとう」
「どういたしまして」
 千恵は、河井を玄関まで送って行ってから、戻って来た。
「ご両親は?」
 と、私は訊《き》いた。
「出かけてます。どこへだか知らないけど。——ね、今の人、何ですか?」
 ゆうべ、何もかも話してしまっているのだ。私も諦《あきら》めて、河井のことを説明した。
「へえ! じゃ、その弟が、芝さんの命を助けた? 凄《すご》い! 面白い!」
「面白くないわよ。命あっての、だわ」
「でも、その車は、わざとひこうとしたんですね」
「そうとしか思えない」
「どんな車か憶《おぼ》えてます?」
「全然。何だか白っぽい車だったな、ってことしか分らないわ」
「そうですか。——黒田って人の車じゃないんですね」
「分らない。確かに黒田も車に乗るとは思うけど……。でも、たいていレンタカーみたい。いつかも外車に乗ってたけど、友だちから借りた車だって言ってたし」
「じゃ、どんな車とは限らないわけですね」
 と、千恵は言った。
「そうね」
「でも、芝さんを殺そうとするなんて、その黒田っていう人しか考えられないし……。それとも、あちこちで男を振って、恨まれてるとか?」
「怒るぞ」
「冗談です。——もし、黒田がやったのなら、用心しないと、またやられますよ」
「気楽に言わないでよ」
「だって、私がやられるわけじゃないですもん」
 と、千恵は呑《のん》気《き》に言った。
 ——家にいても仕方ない、というので、私と千恵は、出かけることにした。
 もちろん、出かけるといっても、海外旅行ってわけにはいかないので、まあ、買物がてらの原《はら》宿《じゆく》とか渋《しぶ》谷《や》の辺り……。
「あ、いけない」
 と、外へ出たところで、千恵が言った。「お財布にお金入れて来るの、忘れちゃった。ちょっと待って下さい」
「ええ、ここにいるわ」
 私は千恵が戻って来るのを待っていた。すると——。
「あの——」
「はい」
 振り向くと、うちの母ぐらいの女性が立っている。
「芝さんですね」
「はい」
「千恵の母です」
「あ、どうも……。お出かけとうかがっていたんで、今二人で出かけようとしてたんです——」
「ええ、見ていました」
 と、千恵の母は、少し悲しげな顔で言った。「お願いがあって。千恵には黙っていて下さい」
「え?」
「どうか千恵をこれ以上巻き込まないで下さいませんか」
「巻き込むって……」
「あの矢神さんという方から、主人の方へあれこれ言って来ていて……。主人はこのところ、悩んでいるんです」
 私としても、困ってしまった。
「——そのことは存じてます。でも、私も、自分で立ったわけじゃないんです。千恵さんを選んだのも、私じゃありません」
「ええ、分ってますわ。無茶なお願い、と承知しての上です」
「私にどうしろと?」
「千恵と喧《けん》嘩《か》して、他の人と組んで下さいませんか」
 私は、言葉がなかった。いくら何でも、そんなことは——。
「でないと、主人が仕事を失うかもしれません」
 千恵の母の口調は真剣そのものだった。

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