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アンバランスな放課後33
日期:2018-06-26 11:50  点击:288
 33 原《はら》宿《じゆく》辺《あた》り
 
 原《はら》宿《じゆく》辺《あた》りを歩きながら、千恵は、何かイベントがある度《たび》に、覗《のぞ》いていた。
 私は、少々呆《あき》れて、
「好きなのね、こういうもの見るのが」
 と、言った。
「いいえ。別に」
「でも——」
「選挙運動の研究です。人の関心を集めるのに、どんな方法があるか」
 私は、ちょっとギクリとした。
 会長に立っている私より、千恵の方が、よほどよく考えているのだ。こりゃまずい、と思った。
 同時に——千恵の家を出て来る時、千恵の母に言われたことも、心に残っていたのだ。
 私が千恵と組んでいると、千恵の父が、クビになるかもしれない……。
 もちろん、そんな無茶な話はない。——子供同士の、生徒会の選挙である。
 それがどうして親の仕事にまで関って来るのか。
 そんなこと、何の関係もないじゃないか、と、言ってのけることは易しい。しかし、大人の社会は、そういう理屈で動いているわけではないのだ。
 千恵の母の気持はよく分った。しかし、だからといって、私に何ができるだろう?
 もちろん、矢神貴子に、直接抗議したところで、そんな覚えはない、と否定されてしまえば、おしまいだ。
「どうかしました?」
 と、千恵が私のことを心配しているように、「どこかで休みましょうか」
「え?——そうね」
「疲れたでしょ? やっぱりもう若くないんですから……」
「ちょっと! 一つしか違わないのよ!」
 と、私は抗議した。
「でも、私たちの年代で、一歳の差は大きいですよ」
 と、千恵が言うと、何となく本当のような気がして来る。
 まあ、別に疲れていたわけではないが、私たちは、やたら若い子たちで一杯の喫茶店に入ることにした。
「あっち、あっち」
 こういう所で、素早く動いて席を見付けてしまうのも、千恵は上手《うま》いものだ。
 やっと椅《い》子《す》に腰かけて、オーダーも終ると、私は、千恵に、
「あなたに話があるの」
 と、言った。
「もうだめです」
「何が?」
「私には恋人がいます。お姉様から愛を打ちあけられても……。ハハハ」
 私も一緒に笑ってしまった。——何て明るい子だろう!
 私は、この頭のいい子には、妙な嘘《うそ》をついても仕方ない、と思った。
「さっき、お母さんにお会いしたわ」
 と、私が言うと、千恵の顔が少しかげった。
「そうですか」
「大変だというじゃないの、お父さんの方……」
「ええ、何だか騒いでます」
 と、気楽そうに言ったが、目は笑っていない。
「ひどいと思うわ。大体、あなたを副会長の候補に選んだのも、矢神さんじゃないの!」
「そうですね。——でも、ああいう人には、怒っても通じませんよ」
「だけど本当に、困ったことになるでしょう」
「まさか、父をクビにはしないと思ってますけど」
「でも——」
「ご心配いりません」
 と、千恵は微《ほほ》笑《え》んだ。
「いつおりてもいいのよ。病気とか、何か理由はつけられるわ」
「その時になったら、ご相談しますから」
 と、千恵は明るく言った。「文化祭はどうするんですか?」
 私も、それ以上、言うのはやめた。
 この子に私が意見できる柄だろうか。——私よりよっぽどしっかりしている、この子に……。
 二人して飲物を飲みながら、若者たちでごった返している町を眺めていると、
「何だ」
 と、男の声がした。「おい、千恵」
 千恵が声の方を振り向いて、一瞬、表情をこわばらせた。
「久しぶりだな」
 やって来たのは、たぶん大学生……。しかし、勉強よりは、女の子をおっかけて歩くことに生きがいを見付ける、という類《たぐい》の大学生だろう、と思えた。
 いささか趣味の悪いスーツなど着ていて、見ている方が気恥ずかしくなるくらいだった……。
「どうも」
 千恵は、やっと笑顔を作って、「元気ですか」
 と、訊《き》いた。
「うん。——お前も変んないな」
 その男が、ジロジロと無遠慮に千恵のことを眺め回すので、私は少し腹が立った。
「おかげさまで」
 と、千恵は言って、黙った。
 その男が、私の方を、興味ありそうに見ている。千恵が、
「お連れさんがお待ちですよ」
 と、言った。
 少し離れたテーブルで、ちょっと目をひくようなスタイルの女の子が、口を尖《とが》らしている。
 その男、チラッとそっちを見て、
「ああ。——遊び相手さ」
 と、肩を揺すって、「じゃ、またな」
「さよなら」
 と、千恵は言った。
 ——しばらく、私たちは黙っていた。
「あの……」
 と、千恵が言いかける。
「別に、言いたくなければ、いいのよ」
 と、私は言った。
「でも、聞きたいでしょ?」
 千恵が、いたずらっぽく笑う。
「まあね」
 と、私も笑った……。
「私、あの人にのぼせたことがあって」
 そうかな、とは思っていたが、意外であった。
「あなたの好みに見えない」
「そうですね。今は、さっぱり分りません。自分でも、どうしてあんな男に……」
 千恵が首を振って、言った。「若かったんですよね」
「いくつの時?」
「十五です。一年前」
 なるほど。——でも、夢中になったら、ひたすら突っ走りそうな、千恵のこと。
 私も、いくらかは分るような気がしていた……。

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