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シングル23
日期:2018-06-28 21:19  点击:310
 23 予約席
 
 時間きっかりに、ドアをノックする音が聞こえた。
 
「はい」
 
 と、涼子は返事をして、ドアを開けた。
 
「お迎えに参上しましたよ」
 
 と、安東が軽く会釈して、「すてきだ」
 
「別に……」
 
 涼子は少し照れた。何も特別に着るものは持って来ていない。えりもとに、バラを一輪さしただけである。
 
「トゲがあるから手を出すな、という意味かな」
 
 と、安東は笑って、「中を覗《のぞ》かせてもらっても?」
 
「どうぞ。あなたが借りて下さってるんですもの」
 
 と、涼子は後ろへ退《さ》がった。
 
「いや……。もちろん泊ったことはありますがね。この部屋は初めて入るな」
 
 安東は、ドアを閉めて、ゆっくりとリビングスペースを見回した。
 
「こんな所で暮したら、すてきでしょうね」
 
 と、涼子が言った。
 
「本気ですか」
 
「え?」
 
「本心からそう思っているのなら——」
 
「あ、いえ」
 
 と、急いで、「私には合いません。私は……当り前の女の子です」
 
「分っていますよ」
 
 安東は肯《うなず》いて、「当り前でない世界に生きる我々とは、しょせん交わることのない平行線、というわけだ」
 
「そういう意味では……」
 
 と言いかけて、「でも——やっぱりその通りです」
 
 安東は、ソファに腰をおろした。
 
「あなたは誠実な人だ。僕のような人間でも、平等に扱ってくれる」
 
「安東さん」
 
 涼子は、ソファに並んで座ると、「その気になれば——きっとあなたも私たちの世界へ来られますわ」
 
 安東はチラッと目を伏せ、
 
「その気になれば、ね」
 
 と、言った。「しかし、僕は僕一人のものじゃない。厄介です」
 
「義理とか、仁義とかですか」
 
「それもあります」
 
 安東は、何か考えている風だった。
 
「あの女の人……。和代さん、といいましたっけ。見付かったんですか」
 
「おそらく」
 
「おそらく?」
 
「竜が見付けたようです。——どこにいるかは知りようがない」
 
「じゃあ……」
 
「今ごろ、竜はその女を殺しているでしょうな」
 
 安東は淡々と言った。「止める方法がない。やむを得ません」
 
「そうですか」
 
 涼子は、落胆した。「あなたが——その人を助けて下さるかと思っていました」
 
「できればね。——たぶん無理でしょうが」
 
「もし、殺されていたら?」
 
「竜は、命令を無視して、独断で行動したわけです。当然、その罰がある」
 
「殺すんですか」
 
「本人も覚悟の上です」
 
「やめて!」
 
 涼子は叫ぶように言って、立ち上がった。「人を殺して、その罰にまた人を殺して……。狂ってる! 馬鹿だわ! そんなことを〓“仁義〓”だなんて格好つけても、同じことだわ。下らない!」
 
 激しく言い切って、息をつく。
 
「——怒りましたね」
 
 安東も、ゆっくり立ち上がると、「きれいだ。あなたが怒ると」
 
「安東さん……」
 
「食事はどうします」
 
 涼子は、ちょっと間を置いて、
 
「予約を取り消すのは好みませんの」
 
「では——」
 
 安東が、涼子の腕を取ろうとして、その手が一瞬止まる。そして、次の瞬間、涼子は安東の腕に抱かれて、唇を唇でふさがれていた。
 
 小さく身震いして、涼子は、しかしじっとしていた。
 
「——行きましょう」
 
 と、安東が言った。「時間だ」
 
 
 
 辻山房夫と和代がロビーへ入ってくる。
 
「やあ、来たな」
 
 と、いやに派手なスタイルの紳士が……。
 
「父さん!」
 
 辻山は目を丸くして、「どうしたの、その格好?」
 
「似合わんか?」
 
 辻山勇吉は少々照れていた。
 
「いいえ。凄《すご》くすてき!」
 
 和代がずっと勇吉を眺め、「若々しく見えますわ」
 
「そうかね」
 
 勇吉は嬉《うれ》しそうに、「洋子さんがそう言ってくれるとありがたい」
 
「山崎さんはまだかな?」
 
 と、辻山はロビーを見回した。
 
「見えないわね。ロビーって言ったんでしょ? じゃ、遅れてるのよ。待ってましょう」
 
「うん」
 
 辻山は、父と和代と三人で、ロビーのソファに腰をおろした。
 
 ちょうどそのとき、エレベーターの扉が開いて、安東と涼子が降りて来たが、和代はロビーの入口の方へ向いて座っていて、お互い、全く見ていなかったのである。
 
「ちょっとトイレに」
 
 と、辻山は立つと、ロビーの奥の化粧室へ行った。
 
 化粧室も並の豪華さではない。手を洗う蛇口も金色。少々目が回りそうではあった。
 
 辻山が化粧室を出て、戻ろうとすると、
 
「辻山さん」
 
 と呼び止められた。
 
「何だ、邦也君か」
 
 と、辻山は言った。「何してるんだ?」
 
「母と食事ですよ。そっちもでしょ」
 
 と、邦也が小声で言った。
 
「うちは親父とさ。それと、女房とね」
 
 辻山はウインクして見せた。
 
「おめでとう。良かったですね」
 
「おかげさまで?」
 
 辻山は苦笑して、「しかしね、急いで見付けたのに、すてきな人なんだ」
 
「のろけないで下さい」
 
 と、邦也は笑って、「じゃ、そのままゴールイン?」
 
「いや……。それが色々あってね」
 
 辻山はチラッとロビーへ目をやる。「君の方は? もう話したの?」
 
「母にですか? いいえ、とてもじゃないけど、そんなムードじゃなくて」
 
 と、邦也は顔をしかめた。「それに……何だか、うちの母とそっちのおじさん、おかしくありません?」
 
「うん。今日も、君のお母さん、一緒じゃないしね。どうしたのかな」
 
「レストラン、同じでしょ? 様子を見ていましょうよ」
 
 と、邦也が辻山の肩を叩《たた》く。「あ、うちの母だ。じゃ、後で」
 
 真田伸子が、和服姿でエレベーターを出てくる。
 
「母さん、もう行く?」
 
「もちろんよ。今話してたのは?」
 
 何しろ目ざといのだ。
 
「辻山さんだよ、ほら——」
 
「房夫さん? へえ。すっかりおっさんね」
 
 と、口が悪い。「ここで食事? いやねえ」
 
「いいじゃないか。同じテーブルってわけでもないんだし」
 
「そりゃそうだけど……」
 
 と肩をすくめ、「じゃ、行きましょ」
 
 タッタッとレストランへと歩いて行く。邦也はあわてて母の後を追った。
 
 
 
「和代! 逃げて!」
 
 と、聡子は叫んだ。
 
 和代と辻山が手をとり合って駆け出す。
 
 同時に、機関銃の弾丸が何十発も二人の体へ食い込む。和代と辻山が血だらけになって倒れた。
 
「辻山さん! 和代!」
 
 と聡子は駆け寄って——。「死なないで!」
 
 パッと起き上がる。
 
「大丈夫。——大丈夫ですよ」
 
 と、がっしりした手が、聡子の肩を抱いていた。
 
 夢か……。聡子は、汗をかいていた。
 
「刑事さん」
 
 と、初めて室井刑事に気付く。「ここは、どこ……?」
 
「病院です」
 
「病院……。そう。私、あの男に——」
 
 体を動かそうとして、顔をしかめる。
 
「痛いでしょう。ひどい目に遭ったもんだ」
 
 と、室井は言った。「やったのは?」
 
「男……。竜、とかいいました」
 
「やはりね」
 
 と、室井は肯《うなず》いた。
 
「でも……あの男、死んだんじゃありませんか。あれも夢だったのかしら」
 
「本当です。竜は殺されていた」
 
 室井は厳しい表情で、「竜は腕ききです。それがアッサリやられている。犯人はよほどの男ですね。見ましたか」
 
「ええ……。よく憶《おぼ》えていませんけど」
 
 と、聡子は首を振る。
 
「おそらく、その男も、小田切和代を捜しています。別のルートから頼まれたプロでしょう」
 
「でも——私を殺さなかったわ」
 
「だから、プロなんです。余計な殺しはしない」
 
 と、室井は言って、「今、和代がどこか分りますか」
 
「今……ですか」
 
「隠すと、和代が危い。あなたは薬を射たれていたんですよ」
 
「薬?」
 
「おそらく自白薬。何でも知っていることをしゃべってしまう薬です。もし、和代の居場所をあなたが知っていれば、当然その男はそこへ向かっています」
 
 聡子の顔から血の気がひいた。
 
「——しゃべった。そうだわ!」
 
 と、叫ぶように、「どうしよう! 早く行って! 〈ホテルF〉です」
 
「〈ホテルF〉ですね。泊ってるんですか」
 
「いえ、夕食に。レストランにいるはずです! 〈辻山〉という人と」
 
「〈辻山〉ですね。ありがとう!」
 
 室井は病室から飛び出して行った。
 
 
 
「ご予約のお名前は……」
 
 と、マネージャーがノートを開く。
 
「真田です」
 
 と、伸子が言った。
 
「真田様、お待ち申しておりました」
 
 と、案内してくれる。
 
 邦也はギクリとした。安東と涼子のテーブルのすぐ隣である。
 
 安東がチラッと邦也を見て、笑みを浮かべたが、邦也の方は、笑顔で応えるほどのゆとりはなかった。
 
「どうぞ」
 
 椅《い》子《す》を引いてくれて、伸子と邦也は、席についた。
 
 
 
「——遅いわね」
 
 と、和代が辻山の方を見る。
 
「しかし、電話しても誰も出ない。もうこっちへ向かってるんだよ」
 
 と、辻山は言った。
 
「そうね……」
 
 和代は不安だった。もしも聡子の身に何かあったとしたら……。
 
 辻山は、相手がどんなに怖い連中か、身をもって知っているわけではない。
 
 まさか、とは思うが……。
 
 ガラッと入口の扉が開いて、反射的に三人の目が向く。
 
「違うか」
 
 と、辻山は言った。「——先に入っていようか。予約の時間をあんまり過ぎると良くないだろ」
 
「そうだな」
 
 と、辻山勇吉が言った。「レストランも分っとるんだろ。それなら、ちゃんと来るさ」
 
「じゃ、行ってよう。——洋子。どうしたんだ?」
 
 和代は我に返って、
 
「いいえ。——行きましょう」
 
 と、立ち上がった。
 
 今、入って来た男……。パッとしない、どうということのない男。
 
 しかし、和代はその男にどこか〓“危険〓”なものをかぎとっていた。——あれは普通の男ではない。
 
 考えすぎだろうか?
 
 三人は、レストランへと歩いて行った。
 
「——いらっしゃいませ」
 
 と、入口でマネージャーがにこやかに言った。「ご予約のお名前は……」

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