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シングル26
日期:2018-06-28 21:21  点击:295
 エピローグ
 
 山崎聡子は、ウトウトしていた。
 
 何しろ入院生活を送るのは初めてのことである。——寝る以外にすることがない(当り前ではあるが)というのは、妙な気分だった。
 
 ふと——夢を見た。
 
 新婚家庭の朝。和代が可《か》愛《わい》いエプロンをつけて、せっせと朝食の用意をしている。辻山が、
 
「いかん! 遅刻する!」
 
 と、あわててトーストを口へ押し込み、目を白黒させる。
 
 だめじゃないの! ちゃんと和代の作った朝ご飯を食べてから出かけなさい! ちゃんと私が仕事はしといてあげるから! 辻山さん!
 
「辻山……」
 
「呼んだかい?」
 
 と、声がして……ふと目を開けると、辻山がこっちを覗《のぞ》き込んでいる。
 
 一瞬、聡子はあの光景が自分と辻山のものだったのかと……。いや、そうじゃない。辻山は和代のものだ。
 
「あら、見舞に来てくれたの?」
 
「来なきゃ、ばちが当るよ」
 
 辻山は花束をかかえている。
 
「もうじき退院よ。——いい休暇だった」
 
「山崎君」
 
 辻山は、真顔で言った。「君のように勇敢な人はいない。君の恩は一生忘れないよ」
 
「何よ、照れるでしょ」
 
 と、聡子は笑って、「そんな風に言われるより、『君のように魅力的な女はいない』って言われたいわね」
 
「もちろんさ!——和代の次にね」
 
「馬鹿」
 
 と、聡子は笑って言った。「あなたは、和代が罪を償って出て来たら、ちゃんと幸せにしてあげてくれればいいの」
 
「もちろんだ。約束する」
 
 辻山はまるで別人のように、逞《たくま》しく、力強く見えた。
 
 聡子の胸はチクリと痛んだが……。
 
 でも——残りものに福がある、とも言うしね。
 
「今度来るときは、食べれるものを持って来てね。花より団子」
 
 と、聡子は言ってやった……。
 
 
 
「涼子!」
 
 リカが手を振ってやってくる。
 
 涼子は席を一つずらして、リカを隣に座らせた。——昼の学食はいつもながらの混雑。
 
「——久仁子のこと、うまくすんだわ」
 
 と、リカが言った。「もう二度とこんなことしないって言ってた」
 
「自分を大事にしなきゃね」
 
「涼子と真田君のこと聞いて、感動してたよ。私も頑張る、って」
 
 涼子は苦笑した。
 
 ——まあ、何もかもうまく行ったと言うべきかもしれない。
 
 あの辻山と小田切和代ほどドラマチックじゃないにしても、辻山の父親と、邦也の母も結婚すると決めたようだし、自分と邦也の仲も、晴れて公認となった。
 
 事情を聞いた邦也の母は、アッサリと一言、
 
「そう」
 
 と言っただけで、邦也をひっくり返らせてしまった。
 
 問題は誠実であること。——そう、涼子は思った。
 
 でも、今も邦也に言っていないことがある。一度だけ、あの安東にキスされたこと。
 
 あれはたぶん涼子が一生抱いていく、小さな秘密になるだろう。もちろん、もう安東と会うことはないだろうが。
 
「あら、ご主人よ」
 
 と、リカが冷やかすようにつつく。
 
 邦也がやってくるのが見えた。
 
「すてきでしょ、私の夫」
 
 涼子はリカにそう言ってやると、「あなた、こっちよ!」
 
 と、大きな声で呼んで、手を振った。
 
「——ごちそうさま」
 
 リカは少々ふてくされて呟《つぶや》いて、「あ、まだ何も食べてなかったんだ」
 
 と、気が付いたのだった……。

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