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殺意はさりげなく17
日期:2018-09-10 11:10  点击:323
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「警察当局は、元警察官による凶悪な犯罪に強い衝撃を受けており、事件の全《ぜん》貌《ぼう》を徹底的に解明したいとしています。また、この町では過去四年ごとに、少女が殺害される事件が三件起っており、いずれも未解決のままとなっております。今回の犯行と、その一連の殺人事件との関連についても、君《きみ》原《はら》容疑者を追及することになると見られます。——次に」
 カチッと音がして、TVは消えた。
 小百合《さゆり》は振り向いた。法《のり》子《こ》が、リモコンを手に、立っている。ブレザーの制服姿だった。
「そんなの見るの、やめなよ」
 と、法子は言った。「でたらめなんだから、全部」
 小百合は、何も言わずに立ち上った。
「——もう学校へ行く時間」
 と、法子は言った。「小百合、休む?」
 小百合は、黙って肯《うなず》く。法子も、誘わなかった。
「じゃあ……。ゆっくりしててね。疲れてるわよ、小百合。もう少し眠ったら?」
「もう、大丈夫」
 と、小百合はかすかな声で言った。「家へ帰るわ」
「今はやめた方がいいと思うわ」
 と、法子は首を振って、「TV局とか、取材の人が沢《たく》山《さん》来てるわよ、きっと」
「うん……」
 小百合は、すっかり活気を失ってしまったようで、青ざめた顔も、疲労だけが浮かび上っただけの、無表情だった。
「少し静かになるまで、ここにいていいのよ。ね?」
「悪いわ」
 と、小百合はかすれた声で言った。
「何言ってるのよ」
 と、法子は、少し力強い調子で言って、小百合の肩を叩《たた》くと、「すぐに疑いは晴れるわよ。警察の人が、小百合のおじいさんに頭を下げに来るわ、きっと」
「うん」
「ちゃんと、うちのおじいさんが、いい弁護士をつけてくれる、って。だから、安心してて。——分った?」
「うん」
 と、小百合は肯いた。「色々ありがとう……」
「何よ」
 と、法子は、少し困ったように言った。「当り前でしょ。友だちなんだから。——じゃ、私、行くわ」
「うん……」
 法子は、部屋を出ようとして、振り向くと、「何か、ほしい物があったら、マチ子さんにでも言ってね」
 と、付け加えた。
 ——小百合は、法子が学校へと出て行く音を、遠く聞いていた。
 行ってらっしゃい。学校へ行って、私のことを、クラスのみんなに話してやって。
「あの哀れな子」のことを……。
 小百合は、重苦しい足を引きずるようにして、階段を上り始めた。
「目が覚めたんですか」
 と、下からマチ子が通りかかって、声をかけて来た。
「ええ」
「お腹《なか》が空《す》いてるでしょ。何か食べますか?」
「いいえ。——少し眠りますから」
 と、小百合は首を振って言った。
「じゃ、起こさないようにしますね」
 マチ子の話し方は、暖かく、ごく自然だった。小百合は、ありがたいと思った。同情されたかったわけではないのだ。
 小百合は二階の、来客用の寝室へ入ると、またベッドに潜り込んだ。眠かったのではない。一人になりたかったのだ。
 法子は、きっと小百合が一人でグスグス泣いていると思っているだろう。——しかし、小百合は泣きはしなかった。
 祖父が、人殺しなどしていないことは、分っていた。病院から、わけも分らずに脱《ぬ》け出した祖父のことだ。警察で何時間も眠らされずに訊《じん》問《もん》されたら、もう何も分らなくなって、署名ぐらいしてしまうだろう。
 あの刑事たちが、小百合は憎かった。しかも、過去の事件まで、祖父に押しつけようとしている!
 しかも、今は、怒ったり泣いたりしたところで、どうにもならないのだ。もちろん、小百合はショックを受けている。しかし、いつまでも呆《ぼう》然《ぜん》としてはいられない。
 法子とは違う。小百合は、どんな時でも自分で何とかしなくてはいけない生活をして来たのだ。
 ——法子が、こうして家に置いてくれることには感謝していた。でも、その法子の親切の中には、小百合に対する後ろめたさが——関《せき》谷《や》征《まさ》人《と》を奪ったことを、申し訳ないと思う気持があることを、小百合は察していた。
 征人のことを思うと、小百合の胸は痛む。しかし、今はそれどころじゃなかった。
 小百合は無理に自分の中から征人の面影をしめ出して、現実の問題に立ち戻ろうとした……。
 
 松《まつ》永《なが》は、苛《いら》立《だ》っていた。
 もう、約束の時間を十五分も過ぎている。——原因は車の混雑だった。
 混《こ》んでいることは承知の上で、余裕を持って出て来たのだが、運悪く、事故と工事が重なって、大渋滞になっていた。
 このままでは、会社へ着くのが三十分以上遅れるのは確実だった。
「申し訳ありません」
 と、運転手の方も汗をかいている。
 松永が時間にうるさいことを、運転手も心得ているのである。もちろん、今日の場合は運転手の責任ではないから、松永も運転手を怒鳴りつけるわけにはいかなかった。
 本当なら、松永がそれほど苛立つことはない。——用があるのは相手の方で、松永がたとえ二、三時間も遅れようが、じっと待っているだろうし、文句一つ、言うわけはない。
 松永の苛立ちは、やはり性格というものだった。どっちが上の立場だろうと、約束の時間は守る、というのが、松永の性格だからだ。
「この先の交差点を越せば流れると思いますが」
 と、運転手はなだめるように言った。
「さっきも、そう言ったぞ」
 と、松永は言った。
「はあ……」
 松永は腕組みをして、車の外を眺めた。——腹が立つのは、車が遅れていることではなくて、運転手がいい加減な見通しを口にすることの方である。
「——おい」
 と、松永は言った。「車を歩道へ寄せてくれ。歩く」
「しかし……」
「地下鉄でもいい。ともかく、このままじゃ、いつ着くか分らん」
「かしこまりました」
 ハイヤーは、他の車の間へ割って入り、何とか歩道のわきへ着けた。
「会社へ着いたら、駐車場へ入ってろ」
 と、声をかけ、松永はコートに腕を通しながら、歩き出した。
 ——歩いたら、まだ大分ある。地下鉄にするか。
 駅へ下りる入口があった。松永は階段を下りて行った。地下鉄なら五分。そこから歩いても、大した距離ではない。
「おっと」
 ぶつかりそうになって、
「ごめんなさい」
 と、法《ヽ》子《ヽ》が言った。
 法子?——法子が?
 松永は頭を振った。違う。法子ではない。
 大体、法子はブレザーだが、今の女の子はセーラー服で、明るい色のジャケットをはおっていた。
 ただ——年齢はたぶん法子と同じくらい。そして、一瞬チラッとみると、法子に似た印象のある少女だった。
 階段を半ば下りた所で、松永は足を止め、振り返った。少女は、それほど急ぐ様子でもなく、階段を上って行く。
 月曜日というのに。しかも、まだ時間は十時を少し過ぎたところだ。どこへ行くのだろう?
 学校へ行くという時間ではないが……。
 階段を上り切った少女は、スカートの裾《すそ》を翻して、姿を消した。一瞬、白い足が松永の目に入った。
 松永は、そのまま階段を下りて——それから、一気に駆け上って来る。左右へ目をやると、あの少女が横断歩道を渡るところだった。
 松永は、少女の後を追って行った。なぜなのか、自分でも分らない。ともかく、磁石に引き寄せられる鉄片のように、少女の後をついて行ったのである。
 オフィスビルの合間の細い道を、少女は辿《たど》って行って、小さな坂を上り下りした。
 やがて、まだ古い住宅の残っている辺りへ来て、少女は腕時計を見た。それから、大分古い感じの小さなマンションの前で足を止め、確かめるように、マンションの名のプレートに目をやる。
 マンションへ入って行く少女の足取りは、多少おずおずとして、いくらか不安げで、自分の住んでいる場所でないことは、すぐに分る。
 ロビーというほどの場所はなく、郵便受が並んだ壁のすぐ奥にエレベーターがあった。少女は、郵便受の一つの名札に顔を近付けて読んでいたが、やがて思い切ったように、エレベーターのボタンを押した。
 松永は、表から様子をうかがっていた。
 エレベーターが下りて来て扉が開くと、中年の女性が、その辺に買物に出るという格好で出て来た。少女が入れ代りにエレベーターに姿を消すと、その中年女性は、振り返って扉が閉じるまで見ていた……。
 松永は、マンションへ入って行くと、その中年女性に、
「失礼」
 と、声をかけた。
「何ですか?」
 と、その女性は用心するように、松永の風態をジロリと見やった。
「今の女の子はここに住んでるんですか?——あ、いや、私は警察の者です」
 松永はスラスラと嘘《うそ》をついた。
「ああ、警察の……」
 と、中年女性はホッと息をついて、「良かった。取り締って下さいね、ぜひ」
「取り締る? 何をです?」
「今の女の子ですよ」
 と、その女性は、顔をはっきりとしかめて見せた。「ここの三〇七号室。——いかがわしいことに使ってるんです、部屋を」
「三〇七号室ですね」
 と、松永は肯いて、「するとあの女の子もここに住んでるわけじゃないんですね」
「初めて見ましたね。ここに住んでる人なら、飼ってる小鳥だって、知ってますよ」
「なるほど、すると……」
「男と待ち合せでしょ。いくらかのお金で、三十分だか、一時間だか。——本当に恐ろしいこと!」
「今までにも、こんなことが?」
「毎日ですよ! うちはすぐ下なの。いやんなっちゃってね、本当に」
「分りました。ご協力どうも」
 松永は、礼まで言って、その女性の後ろ姿を見送った……。
 三〇七号室か。
 松永は、エレベーターを使わず、階段を上った。誰《だれ》とも出会わなかった。
 三階の廊下を歩いて行くと、三〇七号室はすぐに見付かる。表札はあるものの、かすれて、よく読めなかった。
 ——こんな所へ来てどうしようというんだ? 松永は、自分でもよく分らなかったのだ。
 ただ——あの少女が、法子と似た少女が、ここにいるというだけで、やって来てしまったのである。そして、今、どこかの見知らぬ男に抱かれている……。そう思うと、松永はまるで法子本人がこ《ヽ》こ《ヽ》にいるような気がして来て、胸苦しいような思いに捉《とら》えられてしまうのだった……。
 ——もう行こう。
 仕事がある。約束の時間に、ずいぶん遅れてしまった。
 戻ろうと歩きかけた松永は、足を止めた。あの少女が、廊下の奥に立って、松永を見ていたのだ。
「——遅かったのね」
 と、少女は口を尖《とが》らせて、ふくれている。「誰もいないから、どうしようかと思っちゃった」
 松永は、ポカンとしていたが、すぐに事情をのみ込んだ。来てはみたものの、相手の男が来ていなかったのだ。
 このマンションが分らなくて捜しているのか、それとも、怖くなって、やめたのか。
「一時間でしょ。あんまりのびちゃ困るの。今日、塾なんだから」
 と、少女は言った。
「——すまん」
 と、松永は言った。「鍵《かぎ》を失くしてね」
「じゃ、入れないじゃない。ドジなんだ」
 少女は笑った。松永は、少女の少し歯並びの悪い、白く光る歯を見て、ドキッとした。——この子は、俺《おれ》のことを「客」だと思っている。
 もちろん、俺には用事がある。仕事があるのだ。放《ほう》り出して、どこかへ行ってしまうことなど、できない……。
「どうするの?」
 と、少女が訊《き》いた。
「うん……。行きたい所はある?」
 と、松永は言った。
「行きたい所? そりゃ色々ね。——ブティックとか、アクセサリーのお店とか」
 少女は澄まして言った。
 見たところ、本当にごく当り前の女学生である。——松永は動揺していた。せめて、もう少し不良じみた、髪でも染めた子なら、驚きもしなかったかもしれないが。
「——じゃ、君の好きな所へ行こう」
 と、松永は言った。
「本当? どこでも?」
 少女が眉《まゆ》を上げた。却《かえ》って、不安になるのかもしれない。うまい話にのると危い、というのか。
「心配しなくていい。別に二人でどこかへ入らなくてもいいんだ。少し出歩きたいだけなんだから」
 と、松永は言っていた。
 法子を、どこかへ遊びに連れて行くように、この少女を楽しませてやりたくなったのだ。
「じゃ、付合うわ」
 少女が微《ほほ》笑《え》んだ。
 松永も、笑顔になった。——のしかかっていた重苦しいものは、少なくともこの時には、どこかへ消えていた……。

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