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失われた少女05
日期:2018-09-10 11:20  点击:308
 5 捜《そう》 査《さ》
 
 
 村上は大《おお》欠伸《あくび》をした。
 パトカーを運転していた巡《じゆん》査《さ》はチラッと村上の方を見て、やれやれ、というような顔をした。
 これが県《けん》警《けい》の名物とまで言われる村上警《けい》部《ぶ》なのか?
 いくら、人は見かけによらないと言っても……。ちょっと、この「見かけ」は貧《ひん》弱《じやく》すぎる。
 巡査は、
 「本当に村上警部でしょうね?」
 と念を押《お》したい気持を、何とか押《おさ》えていた。
 「あとどれぐらいかかる?」
 と、村上が訊《き》く。
 「三十分くらいだと思いますが」
 と、巡査は答えた。
 「そうか。三十分でもいい」
 「はあ?」
 「眠《ねむ》るから起こしてくれ」
 「——かしこまりました」
 巡《じゆん》査《さ》がそう言い終らない内に、村上はガーッ、ゴーッと、体に似《に》ず、豪《ごう》快《かい》ないびきをかき始めた。
 「どうなってんだ?」
 と、巡査は首を振《ふ》った。
 そこに眠《ねむ》り込《こ》んでいるのは、見たところ四十前後の、パッとしない小男だった。
 頭が大《だい》分《ぶ》はげ上って、ネクタイも変にねじれている。背《せ》広《びろ》は、古着屋が買い取ってくれるかどうかも怪《あや》しいしろものだ。
 背が低くても、太っていれば、まだ貫《かん》禄《ろく》があるかもしれないが、またこれが、見すぼらしいくらい、やせこけているのである。
 頭は切れるのかもしれないが、犯《はん》人《にん》と格《かく》闘《とう》にでもなったら、一発殴《なぐ》られただけで、どこかへ、吹《ふ》っ飛《と》んで行ってしまいそうだ。
 本当に、別の「村上」じゃないんだろうな……。
 巡査は、また不安になって来た。
 無線が呼《よ》んでいた。
 「——村上警《けい》部《ぶ》は?」
 と、呼びかけて来る。
 「今、後《こう》部《ぶ》座《ざ》席《せき》で眠ってるよ」
 と、巡《じゆん》査《さ》は答えた。
 「じゃ、伝えてくれ」
 「了《りよう》解《かい》」
 「奥《おく》さんから伝《でん》言《ごん》だ。そっちへ行ったら、名物のそばを買って帰って来い、と」
 巡査はポカンとしていたが、
 「——分ったか?」
 と訊《き》かれ、
 「了解!」
 と、あわてて言った。
 無線を切ってから、巡査は吹《ふ》き出してしまった。
 ——もう真っ暗になった林の奥に、赤い灯《ひ》がいくつか見えて来た。あれが現《げん》場《ば》である。
 三十分といったが、二十分しかかからなかった。
 「——村上警《けい》部《ぶ》、着きましたが」
 スピードを落しながら、声をかけたが、
 「ウーン」
 と唸《うな》るだけで、一《いつ》向《こう》に目を覚まさない。
 「警部!——村上警部!」
 と呼《よ》んでいる内に、とうとう、問題の別《べつ》荘《そう》の前に着いてしまった。
 駆《か》けつけて来たのは酒井巡査だった。
 「おい、村上警部だ」
 と、窓《まど》から顔を出して言った。
 「やあ、待ってたんだ」
 酒井は、勢い良く、後部のドアを開けた。ドアにもたれて眠《ねむ》っていた村上が、もののみごとにパトカーから転《ころ》がり落ちた。
 「——大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》ですか?」
 酒井が、やっと我《われ》に返って抱《だ》き起こす。
 「うん。——ああ、大丈夫」
 と、村上は頭を振《ふ》って、背《せ》広《びろ》の汚《よご》れを払《はら》った。「君は?」
 「酒井といいます」
 「そうか」
 村上は大《おお》欠伸《あくび》をして、「君と、もう一人いたな」
 「中村です」
 「二人で血《けつ》痕《こん》を見付けたんだったな」
 「この別荘です」
 「分った、行こう」
 村上は、もう一度頭を振って歩き出した。——が、まるで違《ちが》う方向へと歩き出していた。
 「警《けい》部《ぶ》! こちらですよ」
 と、酒井があわてて言った。
 「ああ、そうか」
 村上は肯《うなず》いて、問題の別《べつ》荘《そう》へと歩き出す。
 パトカーを運転していた巡《じゆん》査《さ》が、
 「警部、無線で、奥《おく》様《さま》から伝言が——」
 と言いかけると、
 「分っとる」
 と、村上は遮《さえぎ》った。「どうせ、名物のそばを買って来い、だろう」
 「そうです」
 「いつもそうなんだ。全く、あいつときたら……」
 村上はブツブツ言いながら、歩き出した。
 酒井は、何だか呆《あつ》気《け》に取られながら、ついて行く。
 「ここの持主は?」
 と村上が訊《き》きながら別荘へ足を踏《ふ》み入れた。
 「今は、不動産屋のものです。前の持主はもう大《だい》分《ぶ》前に手放してしまっています。——あ、二階ですから」
 「すると、今のところ、持主はいないわけだな」
 「そうです」
 「どれくらいになるんだ、手放してから?」
 「さあ。正《せい》確《かく》なところは……」
 「調べておけ。それから、前の持主のことも——」
 「分りました」
 三つ並《なら》んだ内の真ん中のドアの前に、人が集っている。村上は、問題の部《へ》屋《や》へと入って行った。
 「ほう」
 中が、きちんと装《そう》飾《しよく》され、明りも点《つ》いているのを見て、村上は目がさめたらしい。
 ゆっくりと中を見回した。——床《ゆか》の血《けつ》痕《こん》はチラッと見ただけで、専《もつぱ》ら、部屋の中に興《きよう》味《み》があるらしい。
 「他の部屋もこんな風なのかね」
 「いえ、ここだけです。他はまだガランとしていて、何もありません」
 「ふむ……」
 村上は顎《あご》を撫《な》でた。「指《し》紋《もん》は採《と》ったね?」
 「はい」
 「妙《みよう》なことだな」
 と、村上は独《ひと》り言《ごと》のように呟《つぶや》いた。
 「誰《だれ》かがいたようですね」
 と酒井が言うと、村上はジロリと目を向けた。
 酒井はギクリとした。村上の目が、思いもかけないくらい、鋭《するど》かったからだ。
 「そう思うかね」
 「はあ……」
 村上は、部屋の中を調べ回った。
 戸《と》棚《だな》、引出し、小物入れから枕《まくら》の下、ベッドの下まで、くまなく見て回る。
 あまり足の長くない、その姿《すがた》は、さしずめダックスフントのようだった。
 立ち上って手をはたくと、村上は、
 「他の部屋を調べて来る」
 と言った。「ここにいたまえ」
 「はあ——」
 酒井は目をパチクリさせていた。他の部屋には何もないというのに、何を調べるというのだろう?
 村上は、二階だけでなく、一階にも降《お》りて調べていた。
 酒井は、三十分近く、問題の部屋で待たされて、くたびれてしまった。
 やっと、村上が入って来る。
 「——何かありましたか?」
 と酒井が訊《き》いた。
 「いや、何もない」
 と、村上は首を振《ふ》った。
 酒井も、この部屋の戸《と》棚《だな》の中や、タンスの中は覗《のぞ》いていた。女物の下着やセーターなどが入っている。
 「どう思う?」
 と村上は酒井に言った。「この部屋には誰がいたか」
 「よく分りませんが——」
 と、酒井は慎《しん》重《ちよう》に言った。「女には違《ちが》いないと思います。——下着やセーターの感じからいって、まだ若《わか》い女じゃないでしょうか」
 「確《たし》かに、あれは若い女の着る物だな」
 と、村上が肯《うなず》いた。「——妙《みよう》な話だ」
 「そうですね。どうしてこんな空《あき》家《や》に住んでいたんでしょう?」
 「いや、そうじゃない」
 「は?」
 「この空家には、若い女など住んでいなかったのが奇《き》妙《みよう》だ、と言ったのさ」
 酒井はポカンとしていた。村上は、大して面《おも》白《しろ》くもなさそうに、
 「君は独《どく》身《しん》か?」
 と訊《き》いた。
 「はあ」
 「そうだろうな」
 村上は肯《うなず》いて、「しかし、どんな美女だって、トイレには行くことぐらい知っとるだろう。ではこの家の中の、どこにトイレがある?——一階のトイレは、物置になって、とても使える状《じよう》態《たい》ではない。ここには人間は住めない」
 酒井はすっかり面食らって黙《だま》っていた。そんなことは考えてもみなかった。
 「それに、だ——」
 と村上は続けた。「普《ふ》通《つう》、若《わか》い女《じよ》性《せい》には生理というものがあるんだ。それぐらい知っとるだろう」
 「はあ……」
 「生理用品が、この部屋のどこにも見当らない。——若い女が住んでいたのなら、ないはずがないんだ」
 「そうですね」
 「これは、若い女が住んでいたように見せかけた部屋だ」
 と村上は見回して、言った。「何のためにそんなことをしたのかは分らんがね」
 村上は、すでに乾《かわ》いた血だまりのそばに膝《ひざ》をついた。
 「——君が見付けたときは、まだ血は固まっていなかったんだね?」
 「はい」
 と酒井は肯《うなず》いた。
 酒井が、そのときの状《じよう》況《きよう》を説明すると、村上は眉《まゆ》を寄《よ》せて聞いていた。
 「すると、そこから下へ、血が滴《したた》り落ちていたのか」
 「そうです」
 「まだこの血が流されて間もなかったんだろうな」
 「そう思います」
 「この近くで誰か見かけなかったかね?」
 「特《とく》に——気付きませんでしたが」
 「この付近の別《べつ》荘《そう》は、今、どれくらい使われているんだ?」
 「今はシーズンではありませんから、ほとんど使われていません」
 「いくつかは使われている、ということになるか」
 「はあ。ほんの数《すう》軒《けん》だと思います」
 「すぐに人をやってくれ。誰か、けがをした人間でも入り込《こ》んでいないか、調べさせろ。空《あき》家《や》へ入っても、この寒さだ。いつまでもいられまい。人の住んでいる所へ忍《しの》び込む可《か》能《のう》性《せい》の方が大きい」
 「分りました」
 酒井は敬《けい》礼《れい》して、部屋を出ようとした。
 「待ちたまえ」
 と、村上が呼《よ》び止める。「ほんの数軒だと言ったな」
 「はい」
 「どことどこか、分るかね」
 「分ります」
 「よし。私《わたし》も一《いつ》緒《しよ》に行く。一軒ずつ回ってもそう時間はかかるまい」
 村上は、酒井を促《うなが》して、階《かい》段《だん》を先に立って降《お》りて行く。——その軽い足取りは、パトカーから転《ころ》げ落ちたときとは別人のようだった……。

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