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失われた少女24
日期:2018-09-10 11:30  点击:351
 24 雪の夜
 
 
 夕食は、いつになくにぎやかだった。
 伊波は、少女が、まるで別人のようにはしゃいでいるのを見て、意外な気がした。
 いや、もちろん、これまでだって、結《けつ》構《こう》一人で騒《さわ》いでいたのだが、やはり同《どう》性《せい》がいるというのは、ずいぶん違《ちが》うものなのだろう。
 にぎやかといっても、しゃべっているのは女同士、伊波は、専《もつぱ》ら、一人で黙《もく》々《もく》と食べていた。
 ——そろそろ食事も終るというころ、玄《げん》関《かん》の方で、車の音がした。
 「——誰《だれ》かしら?」
 と、律子が言った。
 「さあね」
 伊波は、小池や柴田徳子が、ここへ向っていることを、二人に黙《だま》っていた。
 知らせたところで、どこへ行くわけにもいかないのだから。
 「雪男は車じゃ来ないだろう」
 と伊波は言って、玄関へと歩いて行った。
 不安げに、律子と少女もついて来た。
 ドアを開けると、小池が顔をしかめながら、立っていた。
 「あなた!」
 律子が目を見《み》張《は》った。
 「入れてもらって構《かま》いませんか」
 と、小池が言った。
 「どうぞ。よく見付けましたね」
 伊波は、小池を入れた。
 「小池です。——憶《おぼ》えておられるかどうか」
 「どの刑《けい》事《じ》さんも、今は同じように見えますよ。ともかく、暖《あたた》まって下さい」
 と、伊波は言った。
 小池は、少女に気付いた。——どこか、警《けい》戒《かい》するような目で、小池を見ている。
 どこかで、見た顔だ、と小池は思った。どこだったろう?
 「親《しん》戚《せき》の子を預《あず》かってましてね」
 と、伊波は言った。「熱いスープでもいかがです?」
 「やあ、それはありがたい」
 居《い》間《ま》のソファに、小池は腰《こし》をおろした。
 律子が傍《そば》に座《すわ》る。
 「——どうしたの? こんな雪の中を」
 「気になることがあったんだ」
 と、小池は言った。
 「雪男のこと?」
 「それもある」
 と、小池は肯《うなず》いた。「しかし、他にも——やあ、申《もう》し訳《わけ》ありません」
 小池は、かじかんだ手をこすり合せ、伊波が運んで来たスープをアッという間に飲《の》み干《ほ》してしまった。
 「あなた、お腹《なか》空《す》いてるの?」
 律子が呆《あき》れたように言った。
 「まあね。急いで出て来たんだ」
 「じゃ、何か食べますか。まだ余《あま》っているし——」
 「いや、その前に」
 と、小池は言った。「柴田徳子という女《じよ》性《せい》も、こっちへ向ったはずなんですが、着いてませんか」
 「いいえ」
 「やはり、そうか」
 小池は首を振《ふ》った。「走りながら、女性一人では、とても無《む》理《り》だと思いましたよ」
 「その人は何なの?」
 と、律子が言った。
 「分らない」
 小池は肩《かた》をすくめた。「ともかく、ここへ向ったのは確《たし》かだ」
 「途《と》中《ちゆう》、車は?」
 「見ませんでした」
 「じゃ、迷《まよ》ったんだな」
 伊波は、息をついた。「——この雪では、危《あぶ》ない。下手《へた》に走らせると、ますます分らなくなりますよ」
 「電話を借りていいですか。警《けい》察《さつ》へ知らせて、捜《そう》索《さく》してもらわないと」
 「どうぞ」
 小池は、電話の方へと歩いて行く。
 伊波は、少女の姿《すがた》が見えないことに気付いた。二階に行ったのだろうか?
 「——おかしいな」
 と、小池が言った。「切れてますね」
 伊波は、小池の手から受《じゆ》話《わ》器《き》を受け取った。
 「ウンともスンとも言わない。——きっと、雪で架《か》線《せん》が切れたんですよ」
 「参ったなあ!」
 小池は唇《くちびる》をかんだ。「放っとくわけにもいかないし」
 「捜《さが》しに行きますか」
 「そうですね。しかし、私《わたし》はともかく——あなたは——」
 「この辺なら、夜でも分ります。あなただけでは迷ってしまいますよ」
 「じゃ、お願いしましょうか」
 「仕《し》度《たく》して来ます」
 伊波が二階へ上って行く。
 「——変らないな」
 と、小池は言った。「作家ってのは、いつまでも若《わか》いもんなのかな」
 「あなた……」
 「どうした?」
 「大《だい》丈《じよう》夫《ぶ》? この雪よ」
 「しかし、女一人、放っとくわけにはいかん。俺《おれ》は警《けい》官《かん》だからな」
 「——分ったわ。気を付けて」
 律子は、夫《おつと》の頬《ほお》にキスをした。
 「例の大男がうろついてる。用心しろよ」
 「用心しろって、どうやって?」
 「すぐ帰るさ。それまでだ」
 小池は、ふと思い出して、「あの子は、誰《だれ》なんだ?」
 「知らないわ。ただ、ここで会ったのよ」
 「そうか」
 小池は、ちょっと眉《まゆ》を寄《よ》せた。——どこで見たのだろう?
 
 「どうするんだよ!」
 カメラマンが喚《わめ》いた。
 「うるせえな!」
 記者が怒《ど》鳴《な》り返す。
 「だから、やめろ、って言ったじゃねえか!」
 「今さら、仕方ねえだろう!」
 ——週《しゆう》刊《かん》誌《し》の記者とカメラマンの車だ。
 何のことはない、道に迷《まよ》って、立ち往《おう》生《じよう》である。
 「戻《もど》れねえのか?」
 「無《む》理《り》だ。——この雪だぞ。すっかり埋《うま》っちまった」
 「じゃ、どうする?」
 「知るか」
 と、記者は肩《かた》をすくめた。
 「無《む》責《せき》任《にん》な奴《やつ》だな!」
 「責任なんてもの、この仕事にゃ縁《えん》がないからな」
 と、記者は軽くかわした。
 カメラマンの方も、ふてくされた顔で前方を見ていたが……。
 「——おい」
 と、記者がつついた。
 「何だよ?」
 「誰か来る」
 「馬《ば》鹿《か》言え」
 「見ろよ」
 車のライトの中を、確《たし》かに、誰かが近付いて来た。
 「こんな雪の中で……」
 と、記者は目をこすった。「この近くに住んでる奴《やつ》だろう、きっと。助かった! 家に入れてもらおうぜ」
 「そうしよう。——命拾いだ」
 しかし、カメラマンの見通しは甘《あま》かった、と言うべきだろう。
 二人は車から、膝《ひざ》まで埋《うま》る雪の中へ降《お》り立った。
 「おい! この辺の人かい!」
 と、記者が大声を上げる。「困《こま》ってるんだ!」
 「おい、見ろ…‥」
 カメラマンが、青ざめた。
 ライトに浮《う》かび上ったのは、とんでもない大男だった。
 「これが——」
 と、記者が呟《つぶや》く。
 「うん」
 カメラマンも、カメラを構《かま》えるのを忘《わす》れている。
 大男は、二人の顔をゆっくりと交《こう》互《ご》に見た。
 「車をよこせ」
 と、低い声で言う。
 「車?」
 「車ってこれのことかい?」
 カメラマンと記者は顔を見合せた。
 「車をもらっていく」
 と、大男が進み出て来る。
 「なあ、待ってくれよ。車なしじゃ、こっちも——」
 と、カメラマンが動いた。
 その弾《はず》みで、肩《かた》から下げていたカメラのストロボが発光した。
 大男が見る見る顔を紅《こう》潮《ちよう》させると、唸《うな》り声《ごえ》と共に、カメラマンの胸《むな》ぐらをつかんで、抱《だ》き上げた。
 「おい——やめてくれ!」
 カメラマンが悲鳴を上げた。「助けてくれ!」
 大男はカメラマンの体を、頭の上まで持ち上げると、車めがけて投げつけた。
 ガツン、と音がして、カメラマンは車の屋根に叩《たた》きつけられ、そのまま、雪の上に、滑《すべ》り落ちた。
 記者は必死に逃《に》げ出していた。仲《なか》間《ま》も何もあったものではない。
 大男が、大《おお》股《また》にぐんぐんと記者との間をつめて、後ろからその首をつかんだ。
 「苦しいよ!——やめてくれ!——やめて——」
 大男の両手が、記者の首をぐいーと絞《しぼ》った。そして、雪の上に放り出した。
 大男は、車の方へと戻《もど》って行った。
 ドアに手をかけたとき、誰かの声が近付いて来た。
 「あの車でしょう」
 「——他には考えられないですね」
 大男は、ためらったが、雪の上に倒《たお》れている二人の男へチラリと目をやると、そのまま林の奥《おく》へと姿《すがた》を消した。
 
 「やれやれ、見付かって良かった」
 と、伊波が言った。
 「全くですね。そう長くはいられないし……」
 小池は、車へ向って近付いて行きながら、「いや——おかしい」
 と、声が変った。
 「誰か倒れてますよ」
 「本当だ!」
 二人は、急いで車の近くへとやって来た。
 そして——愕《がく》然《ぜん》とした。
 血を吐《は》いて死んでいる二人の男。
 しばし、どちらも声がなかった。
 「——何てことだ」
 と、小池は言った。
 「どうやら、例の週《しゆう》刊《かん》誌《し》の記者とカメラマンらしい」
 伊波は言った。「たぶん、私の所へ来るつもりだったんだ」
 小池は、二人の男の方へ、近づいて、一人ずつ、死んでいることを確《たし》かめた。
 「こいつは、例の大男だな」
 と、小池は言った。「しかも、まだ、ぬくもりがありますよ」
 「すると、この近くにいるんですか?」
 伊波はあわてて周囲を見回した。
 小池は、深《しん》刻《こく》な表《ひよう》情《じよう》で、
 「こうなると、柴田徳子の方も心配だな」
 と言った。
 そして——突《とつ》然《ぜん》、そのとき思い当ったのである。
 伊波の所にいる少女。——あれは、柴田徳子の、行方《ゆくえ》不《ふ》明《めい》になった娘《むすめ》だ!

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