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天使に似た人01
日期:2018-09-20 20:35  点击:328
 プロローグ
 
 
 面白《おもしろ》くない。
 全く、面白くなかった。——こんなもんなのか?
「こんな馬鹿《ばか》な話ってあるか!——ええ、そうだろう?」
 と、宮尾常市《みやおじよういち》はその女に向って、ほとんど怒鳴《どな》るように言った。
 質問する、という口調ではない。内心の苛々《いらいら》と不満をぶつけただけである。大体、相手は、「違います」なんて言えるはずのない状況なのだ。
 全く見も知らない男——しかも、拳銃《けんじゆう》を手に、夕食の最中、いきなり家の中へ飛び込んで来た男に、逆らえるはずがない。ともかく、四つになる男の子をしっかりと抱いて震えているばかりで言葉なんか出ないのである。
「畜生!」
 と、宮尾常市は吐き捨てるように言った。「もう一回見直してやる」
 少し薄汚《うすよご》れた窓へそっと近寄ると、常市は表の様子をうかがって、少し頭を出した。
 こっちの明りは消えているのだが、外にはパトカーが停《とま》っていて、クルクル回る赤い灯が、こっちの部屋の中にまで入って来る。すぐそばに街灯もあるので、部屋の中はそう暗いわけではなかった。
「——どうなってるんだ?」
 と、常市は首を振って窓から離れると、畳の上にあぐらをかいた。「俺《おれ》は宮尾常市だ、もう銃で四人も殺してるんだぜ。向うもそれを知ってる。しかも、こうやってお前たちを人質にとって、立てこもってるんだ。それなのによ……ライフル持った奴《やつ》一人いない、と来てら。いるのはパトカーがたった一台! 人なんか撃ったこともねえ腰抜け警官が四、五人だぜ! 信じられねえよ。——なあ、そう思わねえか?」
 さっきとは違って、これは質問だったが、ガタガタ震えている母親は、何とも答えなかった。
「面白くもねえ」
 と、常市は舌打ちした。「俺はな、警官隊の一斉射撃で死ぬのが夢だったんだ。機関銃、ライフル、散弾銃、拳銃……。一斉にバババッと火を吹いてさ、俺の体をバラバラにするぐらいの迫力でさ。なあ、カッコいいじゃねえか。映画のラストシーンみたいでよ」
 常市は窓の方をにらんで、
「全く……。お話にならねえ。機関銃どころか、ライフルもなし、と来てるんだぜ。今日は警察が休みなのか?」
 と、文句を言った。「——おい、亭主は?」
 母親は、ゴクンとツバをのみ込んでから、
「出張……です」
 と、かすれた声で言った。
「出張か。本当かい? そんなこと言って、結構女のとこにでも泊ってんじゃねえか。男なんてものは、そんなもんだぜ」
 と、常市は笑った。「晩飯の邪魔して悪いな。もう少し辛抱しな。表でちゃんと歓迎[#「歓迎」に傍点]の準備が整ったら、出てくからよ」
 その時だった。玄関のドアがトントン、と叩《たた》かれたのは。
 常市は、パッと立ち上ると、怯《おび》えてますます子供を強く抱きしめている女の方へと歩み寄った。
「こんな時にやって来る間抜けがいるぜ。どう見たって、お巡りじゃねえな。あんなに礼儀正しくねえだろうぜ。——誰《だれ》にしても、運が悪いや。まだ弾丸《たま》は充分残ってるからな」
 銃口が女の方へ向くと、
「殺さないで……」
 と、女は震える声で言った。「この子だけは、せめて……」
「立派なもんだ。母性愛かい?」
 常市は笑ってから、「——おい、誰だ!」
 と、ドアに向って怒鳴《どな》った。
「僕だよ」
 ドアの外から聞こえて来た声は、常市を唖然《あぜん》とさせるに充分だった。
 ゆっくり立ち上ると、
「——お前か?」
 と、今のが空耳だったのかという調子で訊《き》いた。
「僕だ。勇治《ゆうじ》だよ」
 常市は首を振って、
「驚いたな。——入れよ。鍵《かぎ》はかかってねえから」
 ドアが開く。入って来た男へ目をやった女は、一瞬恐怖を忘れて、愕然《がくぜん》とした。
 それは、まるで鏡[#「鏡」に傍点]を見ているかのようだった。——いや、拳銃《けんじゆう》を手に押し入って来た男は、大分汚れたジャンパーにジーパンというスタイル。今、入って来た男は背広にネクタイという格好だったのだ。
 しかし、それほど違っていても、二人が全く同じ顔[#「同じ顔」に傍点]、同じ体つき[#「同じ体つき」に傍点]をしていることは、一目で分った。
「兄さん」
 と、入って来た男は後ろ手にドアを閉めた。「やっと見付けた」
「感激のご対面ってわけだ」
 と、常市は笑った。「相変らず、くそ真面目《まじめ》な格好してやがる」
 常市は、目を丸くしている女の方を向くと、
「びっくりしたかい? これは俺《おれ》の双子の兄弟さ。これだけ似てるのは、双子でも珍しいって言われたんだぜ。もっとも——中身の方は別だけどな」
「兄さん……。表は警官が固めてる」
「分ってるよ。俺だって目は見えるぜ」
「諦《あきら》めて、出て行けよ。殺されるぞ」
「そいつを待ってるんだ。ただし——一人じゃ死なねえ」
 常市がチラッと女を見た。女が改めてビクッとして身をすくめる。
「もうよせよ。——兄さん。ともかく、この人たちを出してやってくれ」
 と、勇治は言った。
「おい、勇治。俺は大物なんだ。四人も殺してる。それなのに、あのざまは何だ? コソ泥相手じゃねえぞ。——俺はな、最後に改心するなんて、中途半端なまねはしねえ。とことんやってやる」
 常市の目は真剣だった。
「兄さん……。僕を代りに撃てよ」
 と、勇治は言った。
「お前を? いやなこった」
「兄さん——」
「勘違いするなよ。お前が弟だから撃たないんじゃないぜ。殺してくれ、なんて奴《やつ》を撃っても面白くねえからさ」
 その時、窓の外で、車の音がし、ライトが動いた。常市は窓の方へ立って行くと、
「ほう、少しはにぎやかになったな。後は花火でも打ち上げてほしいぜ」
 と、表を眺める。
 勇治が、パッと女と子供の方へ駆け寄ると、
「逃げろ!」
 と、抱きかかえるようにして、立たせた。
 常市が拳銃《けんじゆう》を構える。
「早く!」
 勇治は自分の体で女と、その腕に抱かれた子供を隠すようにして、玄関へと押しやった。しかし——じっと緊張して座っていた女は、足がしびれ切っていて、もつれた。玄関で転んで突っ伏してしまう。
「勇治。——あばよ」
 二度、勇治の背中に向けて拳銃が火を吹いた。銃弾は勇治の胸と脇腹《わきばら》に命中して、血が飛び散る。
 勇治は低く呻《うめ》いただけで、玄関に突っ伏した女の腰の辺りに、かぶさるように倒れた。
「何てことを——」
 女は、必死で子供を立たせた。自分は、勇治の体を押しのけることができない。
「出て! 早く!」
 と、子供に向って叫んだ。
「ママ——」
「早くドアを開けて!」
 俊男《としお》は四つだ。自分でドアを開けることはできる。しかし、母親から離れるのをためらっていた。
「俊男! 早く行って!」
 ダダッと足音が外に聞こえた。銃声で、警官が突っ込んで来たのだ。
「余計なまねをしやがって!」
 と、常市は言った。「勇治! 貴様のせいだぞ!」
 常市の銃は、やっとドアを開けようとしている子供の背中へ向けられた。
「やめて!」
 と、女が叫んだのと、銃弾が子供の体を貫くのと、同時だった。
 女が叫び声を上げた。
 ドアが開く。警官が三人、もつれ合うようにしてなだれ込んで来た。
 常市は引金を引いた。警官の一人が肩を撃たれて倒れたが、他の二人が、めちゃくちゃに引金を引き続けた。
 合わせて十発以上の弾丸《たま》が発射されたが、二発が常市の胸と脇腹《わきばら》に当たったのは、ほとんどまぐれ[#「まぐれ」に傍点]だった。
 常市は、崩れるように倒れながら、自分がどことどこを撃たれたか、ちゃんと知っていた。そして、偶然、勇治と同じところだということにも、気付いていた。
 畜生!——変なところまで、お前に似ちまったぜ……。
 最後に常市が考えたのは、そのことだった……。

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