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忘れられた花嫁18
日期:2018-09-28 18:32  点击:308
 18 謎《なぞ》の相《あい》棒《ぼう》
 
 「あの人が退《たい》学《がく》になってたって?」
 知美は目を見開いた。
 西川は肯《うなず》いた。
 「もう二か月以上前かな。あいつ、何も言わなかったんですね?」
 西川の前には、明子ですら胸《むね》がむかつくような、チョコレートパフェの「大《おお》盛《も》り」が置かれている。
 「まるで知らなかったわ」
 知美は首を振《ふ》った。「でも、一体どうして?」
 「それがね……」
 西川は言いにくそうに、「ばれちゃったんだな、アルバイトが」
 「アルバイト? あの人、何のアルバイトを?」
 「いや、普《ふ》通《つう》のアルバイトなら、みんなやってるんだし、構《かま》やしないんだけど、あいつの場合はね、ちょっとまずかった」
 「どういうことですか? はっきり言って下さい」
 西川はため息をついて、
 「つまり——あいつはね、大学の中の女子学生に売春のあっせんをしてたんです」
 「何ですって?」
 知美の声は、囁《ささや》くように低かった。
 「でも、女の子の方から持ちかけた、ってのが本当のところだと思うんですけどね。つまり、あいつ、割《わり》と調子が良くて、女の子にももてたでしょ。で、少しまとまったお金を手っ取り早く稼《かせ》ぎたい、って女の子が、彼《かれ》に頼《たの》んだんですね、お客、いないかしら、ってわけで。あいつ、顔が広いから、あちこち声をかけて、客を紹《しよう》介《かい》してやっている内に、段《だん》々《だん》、他の女の子たちも頼みに来る。——それでいつの間にか、何パーセントかの礼金を取って、組《そ》織《しき》的《てき》にやるようになったんですよ」
 「あの人が……」
 やはり、若《わか》くて潔《けつ》癖《ぺき》な知美にはかなりのショックだったようで、顔からは血の気がひいている。
 「あんた、友達でしょ」
 と、明子が言った。「どうして止めなかったのよ!」
 「そ、そんなこと言ったって——」
 西川はあわてて椅《い》子《す》をずらし、明子から少し離《はな》れた。「何か、やってるらしいな、ってことは知ってたけど、詳《くわ》しくは分らなかったんですよ」
 「いい加《か》減《げん》なこと言うと——」
 「本当ですってば!」
 「ともかく——」
 と、知美が言った。「それが、ばれたわけですね」
 「ついてなかったんだな。たまたまね、その女の子の一人を紹《しよう》介《かい》した相手の男《だん》性《せい》が、大学の教《きよう》授《じゆ》の友達だったんですよ。で、彼女《かのじよ》のことを、見たことがあって憶《おぼ》えていた。それを教授へ話したもんだから……」
 「それで捕《つか》まったわけ?」
 「いえ、教授がその女の子に付き合えと言ったんです」
 「ひどいわね!」
 と、明子は呆《あき》れて言った。
 「それを、たまたま、仲《なか》の悪いもう一人の教授が知って、大学当局へ訴《うつた》えた。で、後はズルズルと……」
 「なるほどね」
 明子は肯《うなず》いた。「そんな事《じ》情《じよう》があるから、大学の中で処《しよ》理《り》しちゃったわけね」
 「そうなんです。あいつは退《たい》学《がく》、教授は健康上の都合で辞《じ》職《しよく》……」
 「で、万事丸《まる》くおさまった、と」
 「そういうわけです」
 西川は、ちょっと上《うわ》目《め》づかいに知美を見て、
 「お葬《そう》式《しき》に行かなくてすみません。まだ大学の方はピリピリしてるんです。あいつと一《いつ》緒《しよ》に、そのアルバイトをやってた奴《やつ》がいるというんで」
 「一緒に?」
 と、知美は身を乗り出した。「それは誰《だれ》ですか?」
 「僕《ぼく》は知りません」
 と言ってから、西川は明子の方を向いて、「本当ですよ」
 と付け加えた。
 「誰も嘘《うそ》だなんて言ってないわよ」
 「だから、あいつと付き合いのあった連中はびくびくしてるんです。共《きよう》犯《はん》と思われて退《たい》学《がく》になるんじゃないか、って」
 「だらしない! 私なんか停——」
 と言いかけて、明子は咳《せき》払《ばら》いした。「ともかく、それでお葬式にも来なかった、ってわけ? 友《ゆう》情《じよう》も地におちたわね」
 「すみません」
 西川はすっかり小さくなっている。
 小さくなっても、大《おお》盛《も》りのチョコレートパフェを食べる手の方は休まずに動いて、容《よう》器《き》はほぼ空になっていた。
 「警《けい》察《さつ》はそのこと知らないわけね」
 と、明子は言った。
 「てっきり、通り魔《ま》犯《はん》罪《ざい》だと思ってるわ」
 と、知美は肯《うなず》いて、「でも、あの人が、『アルバイトを見付けた』と言ってたことと、そのすぐ後に殺されたことを考えると、無《む》関《かん》係《けい》じゃないようね」
 「その線から調べた方が良さそうだわ」
 明子は、考え込《こ》みながら言った。
 「ええと——僕《ぼく》はこれで——」
 パフェを平らげた西川が立ち上りかける。
 「ちょっと待ちなさいよ」
 「ま、まだ何か?」
 「あんたは、その相《あい》棒《ぼう》に心当りないの?」
 「全然」
 「本当ね?」
 「もちろん!」
 「そう……」
 明子は少し考えて、「じゃ、もう一つ訊《き》くわ。そのアルバイトの世話をされていた女の子の方はどうなったの?」
 「ああ。——そっちは、誰《だれ》と誰だかはっきりしなかったせいもあって、目をつぶっちゃったみたいですよ」
 「いい加《か》減《げん》ね! その教《きよう》授《じゆ》のお相手した女子学生は?」
 「下手《へた》に退《たい》学《がく》にでもなりゃ、外でしゃべりまくると心配したんじゃないのかな。まだちゃんと通って来てますよ」
 「へえ! 図《ずう》々《ずう》しい!」
 明子は呆《あき》れて言った。
 「誰《だれ》だか分ってるんでしょう?」
 と知美が訊《き》いた。
 「ええ、まあ……」
 「じゃ、教えてよ。いえ、会わせてもらいたいわ」
 と、明子があっさりと言った。
 「僕《ぼく》が?」
 「そう。何も、面《めん》倒《どう》なことじゃないでしょ。名前だけ聞いたって、こっちには分らないんだもの。当人を指さして教えてくれるだけでいいのよ」
 「だけど……」
 と、西川は渋《しぶ》っている。
 「何なの?」
 「それでもし僕が退学にでもなったら……」
 「いやならいいのよ。大学当局へ電話をするだけ」
 「電話?」
 「そう。西川って学生が、売春の黒《くろ》幕《まく》だったんですってね」
 「やめて下さい! せっかく、いい会社から話が来ているのに!」
 と、西川は青くなって言った。
 「じゃ、頼《たの》みを聞いてくれる?」
 頼みというより脅《きよう》迫《はく》である。
 西川は情《なさけ》ない顔で肯《うなず》いた。
 「じゃあ……明日なら、彼女《かのじよ》きっと出て来ますよ。あの課目、出ないと単位落としちゃうから」
 「詳《くわ》しいのね」
 「僕《ぼく》のガールフレンドですからね」
 明子は目を丸《まる》くした。
 
 人は見かけによらぬもの——とは古い言い回しだが、正にそれしか言いようがなかった!
 「川《かわ》並《なみ》はるかです」
 と、前日と同じ、校門前の喫《きつ》茶《さ》店《てん》に入って来た女の子は、頭を下げて言った。
 小《こ》柄《がら》で、とても十九には見えない。しかも、白いセーター、赤のスカートがよく似《に》合《あ》って、いかにも良家のお嬢《じよう》様タイプ。
 この子が売春?——少々のことには動じない明子ですら、半信半《はん》疑《ぎ》だった。
 「西川君から話は聞きました」
 と、はきはきしている。「白石君の奥《おく》さんだったんですってね」
 「私じゃないわよ」
 と、明子はあわてて言った。「こっちの方——」
 「まあ若《わか》い!」
 と、知美を見てびっくりした様子。「白石さん、気の毒でしたね。とてもいい人だったのに」
 「どうも」
 知美の方も、少々呑《の》まれている。
 「話は西川君から聞きましたけど、何を知りたいんですか?」
 「つまりその——」
 明子は咳《せき》払《ばら》いをして、体勢を整えた。「白石さんがあなたに仕事を世話していた、と……」
 「そうです」
 「白石さんには、その——相《あい》棒《ぼう》というか、一《いつ》緒《しよ》にやってる人がいたらしいけど、それが誰《だれ》かは知らない?」
 「いたのは事実です」
 と、川並はるかは肯《うなず》いて、「でも誰なのかは……。会ったこともないし。いつも連《れん》絡《らく》は白石君からもらってましたもの」
 「名前とか、何か憶《おぼ》えていることはないかしら?」
 「さあ……」
 川並はるかは、首をかしげて、「名前なんかは知らないけど、たぶん、大学の人じゃないと思います」
 「大学の人じゃない、って、どうして分るの?」
 「たぶん、ですけど」
 と、川並はるかは、言った。「だって、相手のお《ヽ》客《ヽ》の方は、普《ふ》通《つう》のサラリーマンとか、そういう人でしょ? 大学の中で捜《さが》してたって見付からないと思うんです」
 なるほど、と明子は思った。
 「それにね、一度白石君とホテルに行ったことあるんですけど——ああ、結《けつ》婚《こん》する前ですよ——彼《かれ》、ホテルの部《へ》屋《や》からどこかへ電話してたのね。あれ、たぶん、その相《あい》棒《ぼう》にかけてたんだと思うんです」
 「何て言ってた?」
 「よく分りません。シャワー浴びてて、うるさかったから。でも、『仕事が忙《いそが》しいだろうけど』とか、『こっちはあんたと違《ちが》って学生なんだ』と言ってるのが耳に入ったんですもの」
 「なるほどね……」
 「でも白石君って凄《すご》く上手だったわ! 私、結婚したって聞いて、凄く奥《おく》さんに嫉《しつ》妬《と》してたんです。西川君なんて、重たいばっかりで下手《へた》くそで……。本当にすてきな人でしたねえ、白石君、って……」
 「はあ」
 知美は、ただ唖《あ》然《ぜん》としているばかりだった……。

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