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忘れられた花嫁22
日期:2018-09-28 18:34  点击:241
 22 第二のバイト
 
 話を聞いて、尾形は青くなった。
 「いいか、よく聞け」
 と、明子をにらみつけて、「僕《ぼく》がどうするか教えてやろう」
 「このお昼をおごってくれるんでしょ?」
 明子は平然とランチを平らげている。
 「そうじゃない! 君のお尻《しり》を百回、ひっぱたいてやる!」
 「あら、そういう趣《しゆ》味《み》があったの? 私ならどっちかというとマゾよりサドの方なんだけど」
 「ねえ、君——」
 「分ってるわ。でも、食べないと冷《さ》めるわよ」
 「構《かま》うもんか!」
 「あらそう」
 明子は首をすくめて、「いいわよ、別に。どうせ私が食べるんじゃないから」
 尾形はため息をついて、自分の皿《さら》に手をつけた。
 「——全く、無《む》茶《ちや》ばっかりして!」
 「でも、何でもなかったのよ」
 「たまたま、助かったんじゃないか。もし、そいつがぎっくり腰《ごし》にならなかったら、どうなってたと思うんだ?」
 「さあね」
 と、肩《かた》をすくめて、「過《か》去《こ》のことに、『もしも』は無《む》意《い》味《み》よ」
 「呑《のん》気《き》なこと言って……」
 「問題はね、なぜ女子大生の売春に主《しゆ》婦《ふ》が出て来るか、よ」
 「解《かい》決《けつ》の方法は簡《かん》単《たん》だ」
 「あら、そう?」
 「ああ」
 「教えてよ」
 「君は一切の探《たん》偵《てい》ごっこから手を引く。それで終りだ」
 「ねえ、尾形君」
 「何だ」
 「私があのとき、何を考えてたか、分る?」
 「あのときって?」
 「体が痺《しび》れて、動けなかったときよ」
 「知るもんか」
 と尾形はふくれっ面である。
 「こんなことなら、どうして尾形君にあ《ヽ》げ《ヽ》て《ヽ》おかなかったのかしら、と悔《くや》んでたのよ」
 尾形の顔に、何ともいえない表《ひよう》情《じよう》が広がった。
 「——本当かい?」
 「本当よ」
 尾形は微《ほほ》笑《え》んだ。
 「ねえ、もっと、食べるかい? 何なら、AランチからCランチまで全部——」
 「食べられっこないでしょ」
 明子は苦《く》笑《しよう》した。
 「しかし、君の言う、主《しゆ》婦《ふ》の役《やく》割《わり》だが……」
 「主婦を装《よそお》ってるのかしら? でも——」
 と、明子は首をかしげて、「どう見ても、本物の主婦だったけど」
 「もしかすると、白石は、女子大生ばかりじゃなくて、主婦の売春にも手を出してたのかもしれないな」
 「それは言えるわね」
 と明子は肯《うなず》いた。
 「そして主婦たちは、客とホテルへ行くだけじゃなくて、そんな風に、女の子を見付けたりすると、またいくらか手もとに入るようになってたのかもしれない」
 「鋭《するど》いじゃない」
 「からかうな」
 と、尾形は明子をにらんだ。
 「それと、茂木こず枝との関連……」
 明子は、ふと眉《まゆ》を寄《よ》せた。「茂木こず枝か——」
 「どうかしたのかい?」
 「電話番号よ」
 明子は、あの中年男から聞いた、やや不《ふ》正《せい》確《かく》な番号のメモを見て、「これはきっと会社なのね。もし、茂木こず枝のいた社のものなら——」
 「会社の電話は?」
 「名前は分ってるわ。白石が一時アルバイトをしていて……」
 「すると白石とも接《せつ》点《てん》がある、というわけだな」
 「何《ヽ》か《ヽ》ありそうね」
 と明子は目を輝《かがや》かせた。「待ってて、電話帳を借りて、調べてみる」
 明子はレストランのレジの方へと飛んで行くと、分厚い電話帳をめくった。
 少しして戻《もど》って来る。
 「どうだった?」
 「どうもね……」
 「だめか」
 「何だか、局番がまるで違《ちが》うの。——下の番号は0と1で、よく似《に》てるけど」
 「すると別なんだろう」
 「どこの番号かしら?」
 「かけてみたら?」
 「かけてみたわよ、むろん」
 「それで?」
 「どれか番号が違うのね。今使われておりません、って返事よ」
 「そうか……」
 「ともかく、またアルバイトだわ」
 と明子が言うと、尾形が、
 「やめてくれよ!」
 と青くなった。
 「ご心配なく」
 「心配するよ」
 「そのバイトじゃないの。もっとちゃんとしたアルバイトよ」
 「へえ」
 「茂木こず枝のいた会社に、入りたいと思っているの」
 尾形は、諦《あきら》め顔で、ため息をついた。
 
 「今は求人はしておりませんが」
 と、受付の女《じよ》性《せい》は冷たく言い放った。
 「分ってますけど、来たんです」
 明子がめちゃくちゃなことを言い出した。「ともかく、せっかく来たんですから、追い返しちゃ可哀《かわい》そうです」
 明子の言うべきセリフではない。受付の女性も、仕方なく笑《わら》い出してしまった。
 「じゃ、ちょっと待って」
 と立ち上ると、「総《そう》務《む》の人に訊《き》いてみるわ」
 「すみません」
 明子は、ピョコンと頭を下げた。
 押《ヽ》し《ヽ》の一手である。
 受付の女《じよ》性《せい》は、すぐに戻《もど》って来た。
 「——ちょうど、今なら仕事があるってことですよ」
 「助かったわ!」
 と、明子は飛び上った。
 助からないのは尾形だったろう……。

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