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忘れられた花嫁27
日期:2018-09-28 18:37  点击:274
 27 皮肉の結《けつ》論《ろん》
 
 「間違ってたわ」
 と、明子が言った。
 「そうだ」
 尾形が肯《うなず》く。「大体君がこんなことに首を突《つ》っこんだのが間違いだ」
 「違うのよ。私たちの捜《そう》査《さ》方《ほう》針《しん》が、間違ってたのよ」
 「『私たちの』じゃない! 君《ヽ》の《ヽ》捜査方針だ」
 「あらそう」
 明子はむくれた。
 「まあ、落ちついて」
 と、志水が笑《わら》いながら言った。「ともかく無《ぶ》事《じ》だったんですから——」
 「冗《じよう》談《だん》じゃないですよ」
 と、尾形は仏《ぶつ》頂《ちよう》面《づら》である。「無事でなかったら大変だ」
 ——ここは再《ふたた》び社長室である。
 警《けい》察《さつ》も駆《か》けつけて、ナイフを調べるべく持って帰った。
 肝《かん》心《じん》の犯《はん》人《にん》だが、どうも、はっきり顔を憶《おぼ》えている人間が一人もいなくて、
 「中肉中《ちゆう》背《ぜい》の、若《わか》いか中年の男」
 という、これより漠《ばく》然《ぜん》とは言いようのない表《ひよう》現《げん》になってしまった。
 「しかし、困《こま》ったもんだ」
 と、社長もため息をつく。「この式場で、人は死ぬわ、刺《さ》されそうになるわ……。あまり続くと、お祓《はら》いでもしてもらわんと、客が来なくなる」
 「でも、今の人、そんなこと気にしませんわ」
 と明子が言った。
 「そうかね?」
 「ええ、お祓《はら》いにかける分を、値《ね》引《び》きしてあげたら、もっと喜びます」
 「なるほど、そんなものかもしれんな」
 と、社長は肯《うなず》いた。「ところで、君が間《ま》違《ちが》ってた、というのは、どういう意味だね?」
 「忘《わす》れていたってことです」
 と、明子は言い直した。「そもそもの事《じ》件《けん》はこ《ヽ》こ《ヽ》から始まったんです。だから、ここに戻《もど》って調べ直すべきなんですわ」
 「分ったようで分らんな。——何のことを言っているのかね?」
 「最初の茂木こず枝は、自殺かもしれない。確《たし》かに、死へ追いやられた、という意味では他殺とも言えますけど、犯人はそばにいなくてもいいわけです」
 「それはそうだな」
 「そうなると、直《ちよく》接《せつ》、誰《だれ》かが手を下した殺人は、保《ほ》科《しな》光子さん、そして白石紘《こう》一《いち》、それに私……」
 「君は生きてるじゃないか」
 と尾形が言った。
 「残念そうな口ぶりね」
 「いや、そんなことは……」
 明子ににらまれて、尾形は、あわてて目をそらした。
 「その三つの事《じ》件《けん》には共通点があるんです」
 「そうか」
 と、志水が肯《うなず》いた。「ナ《ヽ》イ《ヽ》フ《ヽ》だね」
 「そうなんです。しかも、三つとも、とても鮮《あざ》やかな手口です。今度だって、もし成功したら、犯人はとても捕《つか》まらなかったでしょう」
 「失敗したけど、捕まってないよ」
 「分ってるわよ!——この三つの事《じ》件《けん》、ちょっと偶《ぐう》然《ぜん》とは思えません」
 「同感だな」
 と、社長が言った。「これはきっと同一犯《はん》人《にん》の犯《はん》行《こう》だ」
 「そうなると、私たち、もっと最初の犯行——保科光子さんが殺された事件を、よく調べてみるべきだったと思うんです」
 「なるほど」
 社長は、志水の方を見て、「あの事件の捜《そう》査《さ》はどうなってるんです?」
 と訊《き》いた。
 「今のところ、手がかりがないようですな。お恥《は》ずかしい限《かぎ》りですが」
 「何か恨《うら》みを買っていたとか——」
 と尾形が口を挟《はさ》む。
 いくらか興《きよう》味《み》を覚えて来たようだ。明子は、しめしめ、というように、横目で尾形の方を見た。
 「男関係などを中心に洗《あら》ったようですが、何も出て来なかったらしい」
 「古いんだよね、警《けい》察《さつ》って」
 と明子が暴《ぼう》言《げん》を呈《てい》した。「発想が三十年は遅《おく》れてる」
 「それはあるかもしれませんな」
 と、志水は愉《ゆ》快《かい》そうに言った。
 「通り魔《ま》的《てき》犯《はん》行《こう》とか、そんなことじゃ、解《かい》決《けつ》にはならないと思います。やっぱり、これは一連の事《じ》件《けん》の一つと考えるべきですわ」
 「すると、なぜ彼女《かのじよ》が狙《ねら》われたのか」
 尾形は明子を見て、「君と間《ま》違《ちが》えられたとは思えないね」
 「彼女、三十よ。私は二十一!」
 「分ってるよ」
 尾形は、あわてて少し体をずらした。
 「そうなると……」
 「あのお弁《べん》当《とう》箱《ばこ》かしら?」
 保科光子が、明子に預《あず》けた、包みの中身である。ごくありふれた弁当箱で、中は空っぽだった。
 「うん、そうだな」
 と、社長は肯《うなず》いた、「他には考えられん」
 「でも、何の変《へん》哲《てつ》もない弁《べん》当《とう》箱《ばこ》だったけど……」
 「彼女《かのじよ》の手紙があったね」
 「ええ。〈私の身に万一のことがあったら、開けてくれ〉とありました」
 「すると、やはり、あの弁当箱には、何か秘《ひ》密《みつ》があるのかな」
 「それ、どこにあるんだい?」
 と尾形が訊《き》いた。
 「うちにあるわ。警《けい》察《さつ》に届《とど》けたって、笑《わら》われるのがオチだし」
 「よし、じゃ一つ、調べてみようじゃないか」
 「持って来るわ」
 明子が張《は》り切って立ち上る。
 「ついて行くよ。またナイフで狙《ねら》われでもしたらこ《ヽ》と《ヽ》だ」
 尾形が、ナイトよろしく、ついて社長室を出る。
 「あなたも、大分乗《ヽ》っ《ヽ》て《ヽ》来たわね」
 廊《ろう》下《か》を歩きながら、明子が言うと、尾形はむずかしい顔で、
 「早く解《かい》決《けつ》しないと、君が講《こう》義《ぎ》に出席しないからだ!」
 と言い返した。
 「無《む》理《り》しちゃって」
 と、明子はゲラゲラ笑《わら》った。
 尾形はため息をついた。——どうして俺《おれ》はこんな女の子に惚《ほ》れちまったんだろう、とでも嘆《なげ》いているかのようだった……。
 
 調べれば調べるほど、どこといって変った所のない弁《べん》当《とう》箱《ばこ》だった。
 「——二重底にもなっていないようだな」
 と、尾形は言った。
 再《ふたた》び社長室、一時間後。顔ぶれも同じで、違《ちが》っているのは、明子の主《しゆ》張《ちよう》で——というほど大げさなものじゃないが——コーヒーとケーキが出ているところだった。
 もちろん、これは事《じ》件《けん》に直《ちよく》接《せつ》関係ない。間《かん》接《せつ》的《てき》にも、ない。
 「材《ざい》質《しつ》もただのアルミだね。JISマークもついているし、別にどこといって変ったところはない……」
 と、志水が言った。
 「これに、一体何の秘《ひ》密《みつ》が隠《かく》されているのかな?」
 尾形は、弁当箱をひっくり返したり、持ち上げてみたり、叩《たた》いてみたり、食べてみたり——はしなかったけれど、ともかく、色々と調べたのである。
 「使ったものかな」
 と、社長が言った。
 「そうですね。新しいことは確《たし》かだが——」
 志水が弁《べん》当《とう》箱《ばこ》を取り上げ、「たぶん、使ってあると思いますよ」
 「でも——誰《だれ》が?」
 と、明子が言った。
 一《いつ》瞬《しゆん》、他の三人がポカンとした。
 「そうだわ! まず肝《かん》心《じん》のことを調べなきゃ!」
 と、明子は手を叩《たた》かんばかりにして言った。「この弁当箱の持《ヽ》主《ヽ》は誰か、ってことですよ!」
 「なるほど——」
 と、志水が大きく肯《うなず》いた。「これは保《ほ》科《しな》光子の物じゃないかもしれない」
 「違《ちが》うと思いますわ」
 と、明子は言った。「光子さんは、いつも食堂で食べてたんです。私、よく一《いつ》緒《しよ》に行きましたから。一人だと、お弁当なんか作るよりも、外食の方が安く上るんです」
 「なるほど、すると、彼女《かのじよ》は、この弁当箱の持《ヽ》主《ヽ》のことを教えたかったのかな」
 「でも、それにしたって、容《よう》易《い》じゃありませんね」
 と、尾形が言った。
 「確《たし》かにね。こんな弁当箱を使っている人間はいくらもいる」
 と社長が言った。
 「でも、光子さんがわざわざ私の所に送って来たのは、きっとこ《ヽ》れ《ヽ》で犯《はん》人《にん》が分るからだったんだと思うんです。つまり、身近にいる誰かだと……」
 「そいつは正しい指《し》摘《てき》だな」
 と、尾形が言った。「そうなると、問題は、保科光子が教えようとしていた『身近』というのが、どの辺を指すか、の問題になって来る」
 「彼女《かのじよ》の近所か、それとも——」
 と言いかけた志水を遮《さえぎ》って、
 「そうだわ! 分った!」
 と、明子は飛び上った。
 正に、ソファから十センチも飛び上ったのである。
 「ど、どうしたんだ?」
 尾形が目を丸《まる》くしている。
 「あの言葉よ! 茂木こず枝の言った、『こんな仕事をしてるなんて、皮肉なもんね』という——」
 「それがどうした?」
 「もし、その男が、この結《ヽ》婚《ヽ》式《ヽ》場《ヽ》で働いていたら、それなら『皮肉』っていうのも分るじゃないの!」
 そうだわ。明子は思い当った。あの、ぎっくり腰《ごし》になった男から聞いた電話番号。
 どこかで見たと思ったのだが、この式場の番号に似《に》ている。
 「そうか……」
 尾形も、さすがに唸《うな》った。「それで、その弁《べん》当《とう》箱《ばこ》も、その男のものだとしたら、何もかも分るね」
 「きっとこれだわ! それが答えなのよ!」
 志水は微《ほほ》笑《え》んで
 「どうやら、それが正《せい》解《かい》らしい。しかし、社長さんには、難《むずか》しい事《じ》態《たい》ですな」
 明子はあわてて口をつぐんだ。
 言われてみればその通りだ。ここの職《しよく》員《いん》の中に、主《しゆ》婦《ふ》売春や、殺人に関った者がいる、というのだから……。
 「いや、こいつは参った」
 と、社長はふうっと息をついた。
 「しかし、こうなった以上、真相はあくまではっきりさせなくては。社長としての責《せき》任《にん》問題になるからね」
 「すみません、騒《さわ》ぎ立てて」
 と、殊《しゆ》勝《しよう》に明子が謝《あやま》る。
 「いや、もし、このまま放っておけば、ずっと事《じ》件《けん》が続いたかもしれん。早く分って幸いだったよ」
 「さすがに社長! 大物は違《ちが》いますね」
 「持ち上げるな」
 と苦《く》笑《しよう》して、「では、どうやって調べるかな?従《じゆう》業《ぎよう》員《いん》は少なくないが」
 「それが問題ですね」
 と、尾形も、今は真《しん》剣《けん》である。
 「いくら多くても、一万人はいないんですから」
 明子は大きく出た。
 「しかし、弁《べん》当《とう》持参というのは、そう多くないのじゃないかね」
 と社長は言った。「よし、じゃ、何か名目をつけて、誰《だれ》と誰が弁当を持って来ているか、アンケートを取ってみよう」
 「それは名案だ」
 と、志水が言った。
 「でも、犯《はん》人《にん》が、もしこの弁当箱のことを知っていたら、嘘《うそ》を書くんじゃありません?」
 と明子が言うと、
 「それは却《かえ》って、自白してるようなもんだよ。きっと正直に書くと思うね」
 と尾形が言った。
 「私はこの弁当箱を持って帰って、調べてみよう。指《し》紋《もん》が出るかもしれない」
 「なるほど、そういう方法がありますね」
 尾形は少々興《こう》奮《ふん》気味。「それで出た指紋と、ここの従業員の指紋を合わせれば——」
 「しかし、そんなもの、採《と》っとらんぞ」
 と、社長が言った。
 「当然ですよ」
 と、志水が肯《うなず》く。「何かいい方法があるといいが……」
 しばし、みんな考え込《こ》んだが……。
 声を上げたのは——やはり明子だった。
 「社長!」
 「何だね?」
 「ちょっとポケットマネーを使ってパーティを開きません?」
 「パーティ? そりゃいいが——しかし、何のパーティだ?」
 「何だっていいですよ。創《そう》業《ぎよう》何周年とか——」
 「この前、済《す》んだばかりだ」
 「じゃ、社長の還《かん》暦《れき》祝いとか」
 「まだそんな年《ねん》齢《れい》じゃない!」
 「もうすぐでしょ?」
 「まだ五十八だ」
 「じゃ、ともかく——何でもいいですから、パーティを開くんです」
 「それでどうするんだ?」
 「だからその席で——」
 と、明子は得《とく》意《い》げに言った。

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