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消えた男の日記14
日期:2018-09-28 19:33  点击:325
 14 大胆な作戦
 
 危機一髪だった。
 依子が横転した車から押し出されて来るのを、入江が受け止め、そのままかかえて突っ走る。
 続いて、大内が車から出て来た。——火が車の底をチラリと走ったと思うと、たちまち大きな炎が湧き上って、車を包んでしまった。
「大内!」
 と、入江が怒鳴る。
「大丈夫です」
 大内は、ホッと息をついて、やって来た。「やあ、危いところだった!」
「呑《のん》気《き》だな、お前は」
 と、入江は呆《あき》れて言った。「柴田君、けがはないか?」
「はい」
 と、依子は肯いた。「ここは?」
「トンネルの中だ。ひどい目にあったな」
 と、入江は首を振った。
「怖かった……」
 と、敦子が今さらのように胸に手を当てている。
「君には悪いことしたなあ」
 と、大内が、敦子に言った。「こんなことになると分ってりゃ、連れて来なかったんだが」
「あなたが連れて来なくても、私の方がついて来たわ」
 と、敦子は言い返すと、「自分で決めたことで、文句を言うほど、だらしのない女じゃないわ、私」
 入江が笑って、
「一本取られたな」
 と、言った。「さあ、ともかく出かけよう」
「どこへ行きます?」
「そうだな。——元へ戻るわけにゃいかん。パトカーが追いかけて来るだろう」
「ヘリはもういないようですね」
 と、大内は言った。
 実際、ヘリコプターの音は聞こえなくなっている。
「我々をやっつけたと思ってるだろう。向うがそう思っている間に、逃げるんだ」
「そうですね」
「車なしじゃ、追いつかれるな。何か考えないと」
 入江はため息をついた。
 色々、危い目にもあって来たが、こんな状況になったのは初めてだ。何しろ、いつも「追う立場」だったのが、今度は「追われる身」である。
「よし。——ともかく先を急ごう。パトカーが追って来れば、かなり前から分る。その時はどこかに身を隠すんだ」
「分りました。柴田君、僕の背におぶさって」
「でも……」
 と、依子はためらった。「係長」
「何だ?」
「私がいたら、逃げるのが遅れます。置いて行って下さい」
「馬鹿言え!」
「まさか、すぐには殺さないと思いますし。ね、大内さん」
 大内と入江が顔を見合わせた。すると、敦子が、
「もし、依子さんをここへ置いて行くんだったら、私、大内さんを半殺しの目にあわせてやるから」
 と、真顔で言った。
「結論が出たな」
 と、大内は言った。「半殺しの目にあうのはいやだよ」
 大内は、依子をおぶった。
「よし、行こう」
 と、入江は言った。
 ——四人は、トンネルを出て、夜の道を急いだ。
 入江にも、自信はなかった。果して、どこまで逃げ切れるか。
 逃げて見せる。——こんなわけの分らないことで、やられてたまるか。
 入江の中には怒りが渦巻いていた。あの少女まで抹殺してしまったものは、何なのか?
 見てろ、俺《おれ》たちはそう簡単にゃ、やられないからな。
 怒りをかき立てることが、今は入江のエネルギー源になっていたのである。
 そして——一時間近く、歩いた時だった。
「車だわ」
 と敦子が言った。
「車?」
「見て」
 山腹の道——たぶん、入江たちが、三十分ほど前に通った辺りを、パトカーの赤い灯が動いて来る。
「追って来たな。すぐにやって来るぞ」
「一台よ」
 と、敦子は言った。「やっつけたら?」
「気楽に言うなよ」
 と、大内は苦笑した。
 しかし、夜中でもあり、場所も悪かった。
 片側の切り立った斜面は、とても上れるような傾斜ではなかったし、反対側は鋭く落ち込んで、ずっと下には岩をかむ渓流。
「本当に一台か?」
 と、入江は言った。
「ええ。でも——警部! パトカーを襲うんですか?」
「殺されるんだぞ。仕方あるまい」
 と、入江は言った。「心配するな。いざって時は、俺が責任を取る」
「そんなこと、構わないんですけど……」
 と、大内は言った。「どうやって、『やっつける』んですか?」
「ともかく、一旦停めるんだ。こう暗けりゃ、道の端に伏せていれば、見付かるまい」
「どうやって停めます?」
「まあ……。誰かが一人、車の前に出るしかないな」
「いきなりズドン、と来ませんかね」
「やってみるさ。おい、大内、お前は柴田君と、その子を連れて、暗がりへ行ってろ」
「警部がやるんですか? 僕がやりますよ」
「俺は女を背負うのには慣れてない」
「僕だって、慣れてるわけじゃありません」
「押し問答してる暇はないぞ」
「そうよ」
 と、敦子が言った。「本当に苛《いら》々《いら》しちゃう!」
「悪いね」
「私に任せて」
「君が? 君がパトカーを停めるのか?」
「パトカーだって、戦車だって、停めてやるわよ。——ほら、ライトが見えたわ。早く隠れて!」
「しかし——」
「大内、彼女に任せよう、隠れろ!」
 と、入江は命令した。
 大内は、依子を背負って、道の隅へと駆けて行き、入江も続いた。パトカーのエンジン音も聞こえて来る。
「——何する気だ?」
 と、大内が唖《あ》然《ぜん》とした。
 薄暗がりの中で、敦子は道の真中に立つと、何と、服を脱ぎ出したのである。
「おい! 何してる!」
 と、大内が怒鳴った。
「うるさいわよ!」
 と、敦子が怒鳴り返し、構わずパッパと服を脱ぎ捨てて——まるっきり裸になってしまったのだ。
 パトカーのライトが、カーブを曲って、真直ぐに、敦子の裸身を照らし出す。
 キーッ、とブレーキの音がして、パトカーは急停車した。
 ライトの中に、敦子の細身の裸体が浮かび上っている。パトカーの警官が二人、降りて来ると、目を丸くして、
「お前……郵便局にいた……」
「何してるんだ、そんな格好で?」
 と、二人してポカンとしている。
「見りゃ分るでしょ」
 と、敦子は言った。「日光浴です」
「夜中だぞ」
「月明りとか、闇夜にやるのが、一番いいのよ」
「へえ……。いかん!」
 と、突然、一人が背筋を伸ばして、「これは軽犯罪法に違反しておる!」
「じゃ、逮捕する?」
「ともかく、服を着ろ!——風邪をひくぞ!」
「あら、心配してくれて、ありがとう」
 と、敦子は言った。「でも、そっちも気を付けた方がいいと思うけど」
「気を付けるって、何にだ?」
 二人の警官の背後に、入江と大内が近寄っていた。二人して同時に、一人ずつ、警官の肩をチョンとつつく。
「ん?」
 振り向いたところへ——バシッ、と音をたてて、拳《こぶし》が顎《あご》に命中し、二人の警官はのびてしまった。
「やれやれ」
 と、入江が首を振って、「これで、年金もフイだな」
「おい!」
 と大内が怒ったような声を出して、「早く服を着ろよ!」
「あら、ちっとは誉めてくれないの? ちゃんとパトカーを停めたでしょ」
「分った! 分ったから、早く服を着てくれよ」
「はいはい」
 敦子はのんびり言って、脱ぎ捨てた服を拾って、身につけた。
「全く、突拍子もないことをやってくれるよ」
 と、大内は言った。
「しかし、名案だ。俺たちが裸になっても、きっとパトカーは停らなかったぞ」
 と、入江は言って、「さ、こいつに乗って急ごう」
「分りました。柴田君!」
 と、大内は、待っている依子の方へ駆けて行く。
「ごめんなさい、びっくりさせて」
 と、敦子が入江に言った。
「いや、君は刑事に向いてるよ」
 と、入江は言った。「さあ、車に乗って」
 四人は、のびている二人の警官を道ばたに寝かせておいて、そのパトカーで、先を急ぐことになった。
 しかし——急ぐと言っても、一体どこまで行けばいいものか、四人とも、知らなかったのである。
 
 咲江は目を覚ました。
 どこだろう、ここは?——寝ている。ベッドの中で。
 でも、どうして一人じゃないんだろう?
 少し戸惑いはあったが、すぐに思い出していた。ゆうべの出来事を。
 ゆうべの?——今、何時だろう?
 少し体を起こして、時計を見る。
「八時か……」
 もっとゆっくり眠るつもりだったし、そうしても良かったのだが、目が覚めてしまったのだし、それに寝不足という感じは、全くなかった。
 咲江は、同じベッドで、深々と寝息をたてている松本を、薄暗がりを透かして見るようにして、眺めた。
 その寝息はいかにも健康そのもので、若さに溢《あふ》れている印象だった。
 咲江は、自分がまだ裸でいるのに気付いて、少し頬《ほお》を赤らめた。
 もちろん、毛布をかけてはいたのだけれども……。
 そっとベッドを出ると、咲江はシャワーを浴びることにした。——ルミが居間で寝ていたのは憶《おぼ》えていたが、まだ目を覚ましていないだろう。
 寝室のドアを開けて、ちょっと様子をうかがい、裸のままでバスルームへと小走りに急いだ。
 ——熱いシャワーを浴びると、さっぱりして気持がいい。咲江は子供のころから、お風呂の好きな子だった。
 バスタオルで体を拭《ぬぐ》い、目がふと、洗面台の鏡に向く。自分の体を見るのが、何となく照れくさい。
 松本と寝たのだ。
 咲江にとって、初めての体験だったが、意外なくらい、自分でも落ちついていた。松本を信じていたからだろうか。
 不安もなく、いくらかの痛みはあったが、それも幸福だった。
 父が知ったら、怒り狂うかもしれない。しかし、松本をよく知れば、きっと父も気に入ってくれる……。
「気が早いのね」
 と、自分をからかうように、「まだプロポーズされたわけでもないのに」
 バスタオルを体に巻いて、バスルームを出ると、
「——あら」
 目の前に、ルミが立っていた。
「あ……。お早う」
 と、咲江は言った。
「朝なの?」
 と、ルミは言って、「——今まで頑張ってたの?」
 と、訊《き》いた。
「いいえ! そうじゃないの。目が覚めたから」
 と、咲江はあわてて言った。
「私も。ねえ、コーヒーでもいれて飲まない?」
「ええ。私、いれるわ」
「お願い。コーヒーの粉の代りに、粉セッケンでも使っちゃいそうだから、私」
 ルミはそう言って、欠伸《あくび》しながら、バスルームへと入って行った……。

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