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紙細工の花嫁06
日期:2018-09-29 20:09  点击:346
 5 花婿の椅子
 
 
「どうしました?」
 と、やって来たのは殿永だった。
「ちょうど良かったわ! 見て下さい」
 亜由美は、床に落ちたその人形を指さして、「この人がすりかえたんだわ、ウェディングケーキの人形を」
「何の話だよ!」
 と、若者は目を丸くして、「これは、今そこに落ちてたのを拾ったんだ」
「下手《へた》な言いわけはやめなさい」
 と、亜由美はドスのきいた声で、「また犬をけしかけるわよ」
「やめてくれ!」
 と、若者はあわてて首を振った。
「君の名前は?」
「僕は……」
「まあ結木君」
 と、声がした。
「松井さん!」
 松井見帆がやって来るところだった。
「どうしたの、一体?——この人、結木健児君です。うちの社で働いてるアルバイトの子ですわ」
「そうですか」
 殿永は肯くと、「実は——」
 と、警察手帳を取り出した。
「まあ、警察の方?」
「そうです。実は、梶原さんの所へ、死を予告する手紙が届きましてね」
「何ですって?」
「それで用心しているわけです。この結木さんというのは、何の用でここに?」
「さあ……」
 見帆は当惑した様子で、「結木君。——正直に言って。何の用だったの?」
「それは……」
 と、結木はうつむいてしまう。
「でも、刑事さん。結木君はとても真面目な子です。何か悪いことをするなんて、考えられません」
「かもしれませんがね、私としては一応、用心のため、という意味もありまして」
「そうですよ」
 と、亜由美は言った。「ドン・ファンにガブッと一発やらせてやりゃ——」
「いやいや、塚川さんも落ちついて」
 と、殿永はなだめた。「ともかく、この人形を持っていたというのは……」
「拾ったんだ。本当ですよ」
 と、結木は言った。「僕は——その——」
「何だね?」
 結木は、ふっと肩を落として、言った。
「あの——僕は、小田さんの花嫁姿を一目見たくて」
「結木君。——じゃ、恭子さんのことを好きだったの?」
 と、見帆が訊いた。
「ええ……。でも、何もしません! 本当にただ、一目見ようと思って、ここへ来ただけなんです」
「怪しいもんね」
 と、亜由美は腕を組んで、「あの手紙もあんたでしょ」
「違います! 僕はそんなことしません」
 殿永は、ため息をついて、
「ここでやり合っていてもきり[#「きり」に傍点]がないな。——ともかく、披露宴がすむまで、君をここの警備の人に見張らせておく。後でゆっくり話を聞く。いいね?」
「——分りました」
 と、結木はやっとこ立ち上った。
「心配しないで」
 と、見帆が言った。「私も一緒に残っていてあげるから」
「すみません」
 と、結木は、うつむいた……。
「ドン・ファン、どうしたの?」
 と、亜由美は言った。
 ドン・ファンが急に駆け出したのだ。
「ちょっと! どこに行くのよ!」
 亜由美はあわてて、ドン・ファンを追いかけた。ドン・ファンは、梶原たちの披露宴会場へと飛び込んで行ったのだ。
 中は、まだ花嫁が退席したままなので、誰やらのヴァイオリン演奏をバックに、みんな食事をしていた。正面の席には、梶原が一人で、いささか落ちつかない様子で、座っていた。
 と——その会場のど真中を、
「ワン! ワン!」
 と、甲高《かんだか》い声で鳴きながら、ドン・ファンが駆け抜けて行ったのである。
 誰もが唖然《あぜん》とした。そしてドン・ファンは、梶原めがけて、飛びかかったのである。
「ワッ!」
 梶原が飛び上って、「助けて!」
 と、逃げ出す。
「ドン・ファン! やめて!」
 と、追いかけて来た亜由美が叫ぶ。
 梶原が、ドン・ファンに追われて、逃げ出した。
 すると——突然、ドカン、という音と共に、たった今まで梶原の座っていた椅子《いす》が、吹っ飛んだ。それもバラバラになって、四方へ飛び散ったのである。
 煙が立ちこめて、悲鳴が上る。
「外へ出て!」
 と、殿永の怒鳴《どな》る声。「外へ出るんだ!」
 客たちは、我先に、会場から逃げ出したのだった……。
 
「いや——命拾いしましたよ」
 と、梶原はいまだ呆然《ぼうぜん》としている。
「真一さん……」
 小田恭子は、真青な顔で、しっかりと梶原の手を握りしめていた。
「まあ、ともかく、けが人もなくて、良かった」
 殿永は汗を拭《ぬぐ》って、「お手柄ですな、ドン・ファンの」
「そりゃ、しつけが行き届いています」
 と、亜由美は鼻が高い。
 ——ロビーのソファに座って、やっと梶原もショックから立ち直った様子。
「しかし、一体どうなったんです?」
「もちろん、調べてみなきゃ分りませんが」
 と、殿永は言った。「椅子の下、座る所の裏側に、爆弾のような物をセットしておいたのでしょう」
「そうか……。何だか火薬みたいな匂《にお》いがしたのを憶えてる」
「ドン・ファンが、それをかぎつけたんですわ」
 と、亜由美は肯《うなず》いて、「やっぱり日ごろの教育が——」
「ゴロ寝ばっかりしてるくせに」
 と、聡子がからかった。
「ともかく、その犬には何とお礼を言っていいか……。好物は何です?」
 と、梶原が訊いた。
「そりゃ、松阪牛のステーキです」
「亜由美の好みでしょ」
「うるさいわね」
 ——殿永が咳払《せきばら》いして、
「ともかく、昨日の手紙が、どうやら本当だったことは確かですな」
 と、言った。
「さっき、初めて聞いて」
 と、小田恭子が不安げに、「びっくりしました。どうしてこの人のことを、そんな風に……」
「心配するなよ」
 と、梶原は、恭子の肩を抱いて、「世の中には、いろんな奴《やつ》がいるんだよ」
「その通りです」
 殿永は肯いた。「困るのは、何も思い当ることがなくても、勝手に恨みを抱く人間というのが、いることです」
「どうしたらいいんでしょう」
 と、恭子は言った。
「何も怖がることはない。予定通り、ハネムーンに発《た》とう」
 と、梶原は言った。
「どちらへおいでです?」
「ハネムーンですか? フランスです。後、ローマを回って……」
「私、ボディガードでついて行きたい」
 と、聡子が言った。
「ハネムーンのツアーに一人で?」
 亜由美がからかって、「さぞ楽しい旅になるわよ」
 みんなが笑って、大分、雰囲気《ふんいき》がほぐれて来た。
「外国へ行かれるのなら、却《かえ》って安全かもしれませんね」
 と、殿永は言った。「荷物を、もう一度よく点検されるようにおすすめしますよ」
「分りました」
 梶原は肯いて、「じゃあ……。お客さんたちにお詫《わ》びをしないと」
「私から、事情を説明しましょう」
 殿永が腰を上げる。
 ——梶原と恭子が、殿永と一緒に行ってしまうと、亜由美は息をついた。
「やれやれ、ね」
「——でも、誰がやったんだろ?」
 と、聡子は言った。
「あの、結木とかいうのが怪しい」
「そう?」
「でも、怪しすぎるような気もする」
「何よ、それ?」
「あの椅子に爆弾仕掛けたとしたら、披露宴の始まる前でしょ。そうなると、あの結木ってのは、ずっとここでぐずぐずしてたことになるわ」
「なるほどね」
「それも馬鹿みたいじゃない?」
「言えてる。——じゃ、犯人は他にいる、ってわけ?」
「うん。田崎って、あの課長」
「スピーチした人? どうしてあの人がそんなことするの?」
「知らないわ。でも、あんなつまらないスピーチした奴《やつ》、逮捕したっていいわよ」
「無茶言って!」
 と、聡子が笑った。
 すると——そこへ松井見帆が青くなって、駆けて来た。
「大変なんです!」
「どうしたんですか?」
「結木君が——自殺を図ったんです、手首を切って」
「ええ?」
 亜由美は跳び上った。「聡子! 一一九番へ電話!」
「OK!」
 聡子は、すばやく電話に向って駆け出していた。
 亜由美の言葉は、やはり人を動かす力があるらしかった……。

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