3
名前?
俺の名前だったら、覚えておいて損はないぜ。
ま、そのうち有名になるから、急ぐことないけどさ。何でって、八〇〇メートルでよ、当然。
いまに新聞に、バーンって載る。中沢龍二《なかざわりゆうじ》、日本新、とかね。
で、さあ、どうしてそんなことになってきたのかっていうと、市の陸上競技会のあとに、スカウトがやってきた。
俺の担任と体育の教師とそいつと俺、四人で相談室で話した。
「バスケット部まるだしの、腰がおちたドタバタした走りに限りない可能性を感じた」んだって。おいおい、誉めてんのか、けなしてんのか、わかんないだろ。もっと、はっきりした口きいてよね。
それで、そいつの高校の体育コースに入れてくれるっていう。俺、学校の名前は聞いたことあったけど、陸上のことはあまり知らなかった。県でいちばん強い高校なんだって。
妙になれなれしいやつでさ、そのスカウトってのが。チビのくせして、俺の肩、バンバンたたいて、
「面白いぞ、陸上競技は」
とか言うの。
面白いはずねえだろ、あんなもん走ってるばかりで、とか言ってやろうかと思ったけど、まあ、実際、この前の八〇〇メートルは楽しかったからやめといた。
そいつが帰ってから、三人になって、担任の教師は数学やってるやつだけど、スカウトがいる間はペコペコしてたくせに、なんか急にいつもの調子にもどってさ、難しそうな顔した。
「どうする、中沢、お前の一生のことだぞ」
だからさ、俺、すぐに答えてやった。
「あ、行きますよ」
担任も体育の教師もあきれてた。あんまり俺がいいかげんな気がしたんだろう。両親と相談しろとか、なんだとか。
だけどね、俺、本当に行っていいってふうになってた。
だって、わざわざ来てくれっていうんだから、行ってあげようじゃないの。他に特に行きたい高校があるわけじゃなし。
ひとつにはね、バスケットボールに飽きてたんだろうな。クラブのやつらは、好きだぜ。でもね、どうってことないチームだったのよ。県大会でガンガンやれるほど強くはないし、だからって体育館の裏でメソメソするほど弱くない、はっきり言って、俺でもってたの。
これで受験勉強やって、そこそこの高校に受かって、またバスケットするってのも、なんかねえ。
ボールはさんで、みんなでゴチャゴチャしてんのって、ガキっぽいじゃない。それより、ひとりでビュンビュン走ったらいいかもしれないってね。
親も賛成、っていうか、意見なし。好きにしろって。自分のことなんだから自分で決めろ。
そんな感じ。
で、今は春休み。中学は卒業しちゃって高校はまだなんだけど、変な気分だね。俺、小川に会いに行くの、これから。