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800-09
日期:2018-09-29 20:37  点击:297
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 寮の暮らしなんて、一発で慣れたぜ。
 だいたい、俺の家がさ、前に言ったような感じで、いろんなひとが出入りしてるじゃないの。だから、俺、他人には強いの。
 朝は六時半に点呼がある。ほとんどアホね、こういうことって。でも、起きりゃいいんだから、ともかく。
 起きて食堂に集まってね、それで、朝練開始。
 目がさめたばかりで走るのなんて、生まれてから一度もしたことなかったね。これはキツイ。それも、さすがだね、かなり速く走るのよ。高校の陸上部は。
 俺は、なんとかついてったけど、新入生じゃ、遅れるやつもでた。そうすると、罰があるわけ。グラウンドをあと三周。
 まあ、そんなもんよ。実力のないやつは、努力しなきゃいけないんだから。
 朝食はたっぷりでる。これは、いちばん気にいった。俺さ、家にいたときは朝はギリギリまで寝てるから、メシなんてほとんど食ってなかったじゃない。それが走ったあと、猛烈に腹が減って、干物だとか納豆、のり、玉子なんていうんでガンガン、メシが食える。
 それで、隣の校舎にいってお勉強。
 でもね、これは寝てたっていいわけ。俺、全然知らなかったんだけど、うちの高校は体育コースと進学コースがある。体育コースの方の授業なんて、おまけみたいなもん。学校全体が、そんな雰囲気なのよ。教師は怒らないしね、何してても。ひとりで黒板に数字書いてたり漢文つぶやいたりしてる。
 それにね、授業は午前中で終わりなの、何曜日でも。ちょっと素敵でしょ。あとは、昼メシ食って、練習。
 俺さあ、練習キライだったのよ、いままでバスケットやってて、あんましそう思わなかったけど。パスだとかシュートの練習、フォーメーション、みんなでギャーギャー冗談言いながらやってて、わりと、おもしろかった。
 それがね、陸上の練習って、めちゃくちゃ地味なの。男たちで輪になって、イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、って腿上《ももあ》げやる。
 これ、見たら笑うね、絶対。
 その場で立ったままさ、出来るだけ膝《ひざ》が高く上がるように足踏みするの。
 いつ、レースするんだよって、いつも思う。こんなことして疲れちゃうまえに、競走して決着つけようぜ。
 ま、でもさ、言われるままに練習してたのよ、俺。能書きたれるのはさ、半年はがまんしようって思ってた。やっぱ、そのくらいはかかるね、全体の様子がわかるのに。そうしてから、バシバシやってやるつもりだった。
 それがさ、ある晩に呼び出された。
 四月の終わりぐらい。同じ一年のやつが俺の部屋(これってふたり部屋、三年のハンマー投げのでぶと一緒)やってきてね、
「武田《たけだ》先輩が用事があるんだそうでーす」
 とか、間の抜けたことぬかしやがんの。
 なんか妙だな、とは気づいた。
 だって、俺、その武田ってやつに何の用もないもの。
 ほとんど話したこともない。専門は長距離、五〇〇〇とかさ、一〇〇〇〇だとかダラダラやってるやつ。
 俺は八〇〇で中距離だけど、同じグループで練習する時間も結構あったから、まあ知ってることは知ってる、そんな程度なのよ。
 それで武田の部屋行ったらさ、長距離の三年が五人そろっているの。やばいぜ、俺のこと呼びにきたやつは、なんか俺の顔チラチラ見ながら、ドアのとこまでついてきて、それでいなくなった。
「失礼します」
 って叫んで、お辞儀した。
「よし、すわれ」
 武田は椅子の背もたれをまたいで腰掛けてる。他のやつは二段ベッドの下の方にすわったり、壁によりかかって立ってたり。
 暑苦しいんだよね、こんな狭い部屋に男ばっかで集まっちゃって。
「中沢、何のために陸上やってるんだ」
 きたね。俺、気合いがはいってきた。
 てめえにそんなこと言われる筋はないんだ。
「レースで勝つためです」
 武田の顔ちょっとにらんでから、頭下げて答えた。気合いよ、気合い。
「それならな、勝つために、全力でやってるんか、え?」
 椅子のことキーキーいわせんの。うっとうしいやつ。
「おまえがな、この前、遊んでんの見たってのがいるのよ。何人も」
 わかった。
 そういうことね。
 しけたクラブだぜえ。俺らの中学のバスケットのほうがましだね。
「女といちゃいちゃしてて陸上がやってられると思ってんの、え?」
 ここから先は、理屈なんてないわけ。
 俺がさ、例のあの小川の姉ちゃんの方と会ってたのを誰かが見たんだろうね。それが気に食わなかったと。それだけ。
 土曜日には家に帰れるじゃない。先週、兄貴に連れられて飲みにいった。俺、あんまり酒、好きじゃないから、ほとんど飲まないけどね。
 兄貴と安さんと俺が三軒目の駅裏のスナックにはいってったら、笑い出す女がいるわけよ。変なやつ、って無視しようと思ったら、小川の姉ちゃんの広美《ひろみ》なわけね。からだにぴったりした、ハデハデの服着てんの。
 俺の腰のあたり見てるんだよね、笑いながら。
 だから、俺、ちょっと前に突き出すみたいにして、
「御無沙汰《ごぶさた》してます」
 って挨拶《あいさつ》した。
 兄貴は、
「なんだ、知り合いか」
 って。
 安さんはさ、ママのほうに身を乗り出しちゃって、なんか話してる。
 知り合いったって、ねえ、俺は、あのとき以来で、広美ったら、ときどき俺見てニターってするんだけど、安さんとママは、昔からの付き合いみたいで、わりと、いい雰囲気なの。
 それで店閉めるまでいて、俺が小川の姉ちゃんのこと送って帰ることになった。兄貴と安さんは、まだママたちと本腰入れて飲むみたい。
 でね、屋台のラーメン食ったのよ。広美のおごり。
 陸上部のやつが見たとしたら、まあ、ここなのかな。
 それだけの話じゃないの。
 なのに、立ち上がってきてさ、
「返事はどうした、え、返事は」
 もっと、ましなこと言ってくださいよ、武田先輩。
 黙ってたら、
「答えろお」
 って叫んで一発ビンタ。自分の声に興奮しちゃったみたいね。
 こういうときは、最初が肝腎《かんじん》。みんなも覚えておくこと。
 やられるやつになるのか、やるやつになるのか。なめられたら、いけないのよ。
 俺は、ゆっくりと立ち上がった。
 顔、つきあわせただけで、勝負は決まる。俺は、一八八センチ、七六キロ。武田は例のチビでやせた長距離ランナーのタイプ。一六五で、体重なんて三〇キロぐらいに見えるね。
「休みの日は、何をしててもいいんじゃないんですか」
 見下ろしながら、そう言った。
 それで武田、ビビルかと思ったんだけど、そうでもないの。まあ、他のやつの手前もあるわな。
「高校生として、スポーツマンらしく休みの日だって過ごすべきだろう、わからんのか」
 それで、また一発。
 だってね、その日は何もしてないのよ。
 家はもちろん知ってるから送ってって、四つ角のとこでキスしてスカートの中に手入れたくらい。そうじゃない、妹の和美《かずみ》のほうが出てきてごらんよ。血いみるぜ。
 で、俺、左手で、武田の胸ぐらつかんでしぼりあげた。
「わかりませんね」
 何人か立ち上がったね。叫ぶやつもいた。どうでもいいのよ、おまえたち。どうせ観客なんでしょ。まだ、武田のほうがマシよ。
 で、俺は、右で武田の顎《あご》にバキッ。
 部屋のすみまでころがった。そんなに力入れなかったんだけどなあ。
「あ、すみません、骨、折れてるかも知れません、医者呼んだほうがいいと思いますよ」
 そう言って、俺、部屋帰ったの。
 そしたら、ハンマー投げのでぶの吉田《よしだ》さんが、
「おっ、もう、おしまい」
 って、知ってたらしい。
 このひと、ほとんどしゃべらないんだけど、いいひとみたいねえ。
 それで、武田は骨折はしてなかったけど、三日間医務室通い。俺は一週間自宅謹慎。武田だって一方的にやられたっていうと恥ずかしいから、自分が先に手出したこと認めたんで、それだけで済んだ。
 家に帰らされちゃったわけね。
 小川の広美と和美に別々に会うのに、メッチャ気をつかった。
 

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