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それで、もう、次の日に電話したね。
誰に、なんてとぼけたこと言わないでよ。伊田に決まってるじゃないの。
二時間ぐらいの長電話。何、話したかっていうと、えーと、何だったんだろうね。ま、陸上のこととか、つきあってるやつがいるのか、とか。
工業高校っていうのは男が多くて、女は一割ぐらいなんだって。それで適当に遊ぶ相手はいるけど、本気でつきあってるやつはいない、と、どうやらそんな感じ。
楽勝、楽勝。
「じゃあ、俺、立候補ね」
って言ったら、フッフッて、鼻にかかった笑い方するから、グッときちゃった。寮の電話じゃなかったら、俺、パンツおろしてたとこだった。
なんでそんなに伊田のこと気にいったのかって?
単純なことよ。伊田と出会って、伊田と話して、ビューンってぶっとんで好きにならないようなやつは、男じゃないね。
でもねえ、こうなってくると、寮にいるのがうっとおしいの。自由時間がとても短い。練習が終わって夕飯までの一、二時間と、飯食ってから九時の門限まで、これも二時間ぐらい。門限が九時なんてねえ。こどもじゃあるまいし。
と、なったら、手はひとつ。わかる?
前の日に電話して、伊田との待ち合わせはばっちり。はじめは渋ってたっていうか、かわそうとしてたけどね。こういうときは押しの一手、わーわー言ってりゃ、女の子なんてそのうちに、その気になってくるもんなのよ、好かれてりゃ悪い気はしないんだから。
で、あとはハンマー投げのでぶの吉田さん。
ベッドで横になってマンガ読んでるのつかまえて、
「済みません、俺、腹の調子おかしいんです。悪いですけど、俺のも、ふたり分、夕飯食べてくれません? 俺、部屋で寝てます」
これでいいの。
「本当? いいの、ふたつ食べて? 今日はプリンがつく日じゃない? あ、中沢君、からだ、平気?」
そう言いながら、吉田さんたら、目が笑ってる。
「それで、もしかしたら、グラウンド行って、走ってるかもしれませんから」
「はーい」
さて、と。
これでね、五時から九時までは確保できた。
吉田さんて、嘘つくようなひとじゃない、というか、嘘つく能力があるとは思われてないだろうから、だいじょうぶ。吉田さんが、中沢君は部屋で寝てる、って言ってくれたらね。他の人じゃだめよ。
で、俺、ちょっとそこまでってふりして、外に出た。
夕方の街に行くのが、こんなに気持ちがいいなんて思わなかったね。考えてみたら、俺たちって少年院にいるみたいなもんだ。三食決められた飯食って、学校とその隣にあるグラウンドと寮、それだけの世界。
俺は、そのこと自体は、そんなに厭だって思わないけどね。だってさ、家から通ってて、時間が自由に使えて遊べてたらもっと楽しいかって言ったら、そんなもんでもないでしょ。
こうなっていたら、って考えるのって意味ないね。もっと頭が良かったら、とか、すげえ金持ちの家に生まれてたら、とかさ。
人間、どんな条件のもとにいたって、同じよ。俺なんか本当に少年院にいても、わりと楽しくやってみせる自信はあるぜ。俺は、いつだって俺なんだ。
そんなこと考えてると、街、歩いてるひとがさ、みんなそう悪くなく見えてきて、俺もヤキが回ったかって思っちゃうね。だって、ふだんならむかつくやつら、背広着てメガネかけて、髪の毛ペタってして、俺のこと無視するか見下すようにするやつらね、あいつらだって、あいつらなりの人生してるんだろうから。
まあ、でも、なんてったって、いちばんいい人生してるのは俺よ。
ほら、向こうから伊田が歩いてくるじゃない。目立ってるねえ。俺に気づいてさ、ちょっと、ふてくされたような、ばかにしたような感じでだらだら近づく。
いいのよ、ホント。