日语学习网
800-23
日期:2018-09-29 20:47  点击:277
 23
 
 それで、もう、次の日に電話したね。
 誰に、なんてとぼけたこと言わないでよ。伊田に決まってるじゃないの。
 二時間ぐらいの長電話。何、話したかっていうと、えーと、何だったんだろうね。ま、陸上のこととか、つきあってるやつがいるのか、とか。
 工業高校っていうのは男が多くて、女は一割ぐらいなんだって。それで適当に遊ぶ相手はいるけど、本気でつきあってるやつはいない、と、どうやらそんな感じ。
 楽勝、楽勝。
「じゃあ、俺、立候補ね」
 って言ったら、フッフッて、鼻にかかった笑い方するから、グッときちゃった。寮の電話じゃなかったら、俺、パンツおろしてたとこだった。
 なんでそんなに伊田のこと気にいったのかって?
 単純なことよ。伊田と出会って、伊田と話して、ビューンってぶっとんで好きにならないようなやつは、男じゃないね。
 でもねえ、こうなってくると、寮にいるのがうっとおしいの。自由時間がとても短い。練習が終わって夕飯までの一、二時間と、飯食ってから九時の門限まで、これも二時間ぐらい。門限が九時なんてねえ。こどもじゃあるまいし。
 と、なったら、手はひとつ。わかる?
 前の日に電話して、伊田との待ち合わせはばっちり。はじめは渋ってたっていうか、かわそうとしてたけどね。こういうときは押しの一手、わーわー言ってりゃ、女の子なんてそのうちに、その気になってくるもんなのよ、好かれてりゃ悪い気はしないんだから。
 で、あとはハンマー投げのでぶの吉田さん。
 ベッドで横になってマンガ読んでるのつかまえて、
「済みません、俺、腹の調子おかしいんです。悪いですけど、俺のも、ふたり分、夕飯食べてくれません? 俺、部屋で寝てます」
 これでいいの。
「本当? いいの、ふたつ食べて? 今日はプリンがつく日じゃない? あ、中沢君、からだ、平気?」
 そう言いながら、吉田さんたら、目が笑ってる。
「それで、もしかしたら、グラウンド行って、走ってるかもしれませんから」
「はーい」
 さて、と。
 これでね、五時から九時までは確保できた。
 吉田さんて、嘘つくようなひとじゃない、というか、嘘つく能力があるとは思われてないだろうから、だいじょうぶ。吉田さんが、中沢君は部屋で寝てる、って言ってくれたらね。他の人じゃだめよ。
 で、俺、ちょっとそこまでってふりして、外に出た。
 夕方の街に行くのが、こんなに気持ちがいいなんて思わなかったね。考えてみたら、俺たちって少年院にいるみたいなもんだ。三食決められた飯食って、学校とその隣にあるグラウンドと寮、それだけの世界。
 俺は、そのこと自体は、そんなに厭だって思わないけどね。だってさ、家から通ってて、時間が自由に使えて遊べてたらもっと楽しいかって言ったら、そんなもんでもないでしょ。
 こうなっていたら、って考えるのって意味ないね。もっと頭が良かったら、とか、すげえ金持ちの家に生まれてたら、とかさ。
 人間、どんな条件のもとにいたって、同じよ。俺なんか本当に少年院にいても、わりと楽しくやってみせる自信はあるぜ。俺は、いつだって俺なんだ。
 そんなこと考えてると、街、歩いてるひとがさ、みんなそう悪くなく見えてきて、俺もヤキが回ったかって思っちゃうね。だって、ふだんならむかつくやつら、背広着てメガネかけて、髪の毛ペタってして、俺のこと無視するか見下すようにするやつらね、あいつらだって、あいつらなりの人生してるんだろうから。
 まあ、でも、なんてったって、いちばんいい人生してるのは俺よ。
 ほら、向こうから伊田が歩いてくるじゃない。目立ってるねえ。俺に気づいてさ、ちょっと、ふてくされたような、ばかにしたような感じでだらだら近づく。
 いいのよ、ホント。

分享到:

顶部
11/24 21:27