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日期:2018-09-29 20:52  点击:259
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 夏休み。
 当然、授業はなくなる。練習はある、このクソ暑いのに。ただ、家から通えるものは、そうしてもいいって。
 もちろん、喜んで帰ることにしたね。
 だからって、俺、寮にそんなに文句あるわけじゃないのよ。でも、三か月もしたらメシだって似たようなもんの繰り返しになるし、まあ、毎日の生活に飽きてくるわね。それに、ねえ、なんていったって、伊田に会うのが、ずっと楽になるもの。
 俺が、荷物(ったって、そんなにないけど)まとめてたら、ハンマー投げのでぶの吉田さんたら、
「つまんないねえ、夏休みは。みんないなくなっちゃって」
 って、大きな背中でため息つくの。
「先輩は、帰る家ないんですか?」
 つい、俺、訊《き》いちゃった。
 実は、このひとのこと、ほとんど知らない。相部屋になってたって、あんまりものしゃべるひとじゃないし。
 ハンマー投げの記録は立派なんだから。安定して六〇メートル近くほうれる高校生って、そうはいない。
 前に、俺、遊びでやってみた。
 自分の練習が始まるまでの時間。ボーリングなんかさせたって、俺って才能あるでしょ。だから、こんなの楽なもんだ、投げりゃいいんだってね。力自慢のおでぶちゃんたちで争ってる種目だけど、俺だってさ、五〇メートルやそこらはいくだろうって思ってた。
 で、握って、振ってみたら、なんか違う。
 ハンマー投げってどんなもんか知ってる? 金属のワイヤーの先に砲丸がついてるって思ってくれたら、ま、そんなに間違ってないな。
 そのワイヤー握って、からだごと三回転か四回転させて、ビューンってほうる。これがね、回すだけでわりと難しいの。最初、からだがグラってきちゃって、おっ、こりゃいかんって思ったから、気合い入れ直した。
 それで、俺、ちょっとすぐにほうるのはあきらめて、まず、ターンの練習始めたの。
 だって、みっともないでしょ、陸上部で見てるやついるのに、そのへんに、ぽとりって落ちたりしたら。
 それで、回しだしたら、おもしろいじゃないの。スピードがでる。
 これ、俺がね、ガンガン、メシ食って、からだ鍛えたら、飛ぶね。ま、俺ぐらい身長があって、筋肉で一〇〇キロにもってってごらんよ、日本新だ。
 俺は、やっぱ、八〇〇メートルやってたいけどね。そのほうがかっこいいもん、女の子にキャーキャー言われて走ってるほうが。
 ふん、ふん、と思って、ハンマー置いたら、金網の向こうで吉田さんがニコニコしてた。白いTシャツの上に紺のランニング、立派な上半身。
「中沢くん、やってみる? ハンマー。教えてあげるよ」
 同じフィールドでも、ハイ・ジャンプなんかと比べて人気ないから、誘いたいんだろうな。
「いやっ、いいっすよ。ぼくなんか無理っすよ」
 けんそん。
「そんなことないよ。誰でもすぐにうまくなるよ」
 先輩、誘い方間違ってますよ。誰でもじゃなくて、中沢くんなら、ですよ。
 で、お手本で投げてくれたの。
 三回転して、ウワアッ、て叫んで気合い入れて投げる。軽くやってるのに、すごく飛ぶ。吉田さんのこと、ちょっと見直した。ただのでぶじゃなかったのねえ。
 それで、夏休みの話。
 俺がばかなこと訊いたでしょ。そしたら吉田さんたら、
「そう、家、帰れないんだ」
 って言い出すの。
「うちにいると、ご飯ばっかり食べるって嫌われる。無駄飯食いだって。ここだったら寮のおばさんたち優しいから、たくさん、とっといてくれるでしょ」
 全然、元気ない。
 俺、ジーンとしちゃって、うちに誘った。俺の家なら、ひとがいっぱい出入りしてるし、いくらだってメシ食える。それで、うちの仕事、俺と一緒に手伝ったら気がねはいらないって。
 でも、遠慮するの。でぶのくせに細かい神経してるみたい。
 それで、そのあと一階の自動販売機に牛乳買いにいって、休憩室に三年のやつらがいたから、
「ああ見えても吉田さんもたいへんなんですねえ。家が貧乏で」
 って言ったら、みんな顔を見合わせて、笑うの。
 この話、有名なんだって。吉田さんのたったひとつ言える冗談。貧しくて、満足に食べさせてもらえない。
 本当は、だいぶ金持ちらしい。だけど、あの腹で言われると信じちゃうよねえ。
 今日は、また、見直しちゃった。吉田さん、嘘つけるじゃないの。
 でもね、実際、家は嫌いなんだろう。帰ろうとしないんだし。それぞれいろいろある。
 ま、そんなわけで、夏休み。

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