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で、自分の家にいて、どこか居心地が悪かった。親父やおふくろやたまにしかいない兄貴や安さんや、その他うちにいるひとたちみんなが、こんなに短い間に変わるはずがないから、ま、変わったのは俺の方なんだろうね。
でも、そんなふうに簡単に人間て変わっていくようなもんなんだろうか、だいたい。
小川のバイト先行ってから、中学のころのやつらと会う気もしなくなった。なんか、顔を思い浮かべるとさ、昔に話してたこととか、やってたこととかが出てくるでしょ?
ひと晩中コンビニの前でしゃがんで、なんか、くっちゃべってたとかさ。そしたらちょっと恥ずかしい感じで会う気になれない。前はガキっぽかった、っていうような単純なことでもないんだろうけど。
だから、強化合宿が始まったときは嬉《うれ》しかったね。
メンバーは県内から選ばれた有望な一、二年の陸上選手。もちろん、俺なんてまっさきに選ばれる。いや、八〇〇メートルは俺の前に広瀬だったろうけど、この合宿でランキングを逆転する予定。
なによりも、伊田だって参加するの。たった四日間だけど、同じとこに泊まるんだからこうなりゃ修学旅行みたいなもんよ。
それがね、立派な設備なの。どこがって、県のスポーツセンター。トラックに大きな体育館、ホテルとまではいかなくても高校の寮とは段違いの合宿所。脚が速けりゃ、こういうとこでいい目みられる。ただみたいな金で泊まれるんだから。
ともかく、まず部屋に荷物置いて、ウエアに着替えてホールに集合。
陸連の役員の挨拶《あいさつ》だとか、例のほとんど聞く必要のないのがあって、それで種目別に分かれた。
中・長距離でひとつ。自己紹介なんてかったるいことやるのよ。これから四日間を仲良しで過ごすために。ケッて思うね。要は勝負、勝つのが大事でしょ。
いたいた、広瀬クンの番。
立ち上がって、名前と学校名言う。でも、なんなのよ、こいつ。
「その後は中学高校と幸いに同じ環境に恵まれ、指導者もトラックにも変化なく、移行期を継続性のある練習で乗り切れて……」
お、覚え切れねえ。さっき聞いた役員の挨拶の続きみたい。漢字書き取りでしゃべんなよな。
それもスラスラ、冷静にやる。高校生のくせに、若さがないじゃないの。若さが。
それで今年の目標タイムを言って終わり。しっかし、ヌケヌケと、いい数字言うのよねえ。こいつの場合中学から陸上してるし、五月の県大会で二位にはいってるから、有名人。一目置かれてる感じ。
小さく学校の名前のはいったウォームアップ・スーツ着てるんだけど、センスがよくってね。なんか目立ってる。そこいくと、うちのユニフォームのま緑なんて、リハビリじいさんだぜえ。
俺の番になったから、面倒なことは省略して、目標は高校新記録、って言おうかと思ったけど、笑いとってもしょうがないから、新人戦で優勝しますって言って、すわった。それでも、おーっ、とか声があがって。
俺、燃えてきたね。広瀬なんて目じゃない。車座にすわって、ふくらはぎの筋肉さわりながら、ふつふつ沸いてきた。
みんなに、俺のこと注目させてやろうじゃない。おまえら、知らないんでしょ、本当の俺の実力。見せてあげるからね、じっくりと。