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今日は気合いがはいったね。マジに練習しちゃった。なんか一月分ぐらいは一日でやっちゃった感じ。それで、あんまり疲れてない。充実してんのよね、ジュウジツ。俺さあ、一年中、毎日、ここで走ってたい。
高校のあるとこだっていいかげん田舎だけど、ここはほんとにすごい。山の中でちょっとあたりより低くなったところだから、もう、全部が緑に囲まれてるの。トラックの脇で順番待ってると、その山の方から涼しい風がすうーっと吹いてきて、それでね、俺は走り出す。ビューンって。
うちのあたりの街中っていうのは、アスファルトで埋めつくされてるでしょ。それで偶然残ったようなちっぽけな公園は、夏はなんか白っちゃけてるっていうか、ほこりっぽくて、セミがぎゃんぎゃん鳴いて頭痛くなるくらいうるさい。それが、ここだってセミがいないわけじゃないんだろうけど、静かなのね。山が音を吸い込んじゃってるのかもしれない。
短距離のチームの方でピストルがパーンって鳴って、一度だけ小さくこだまして、そのあとは、またシーン。いいね、これは。スタンドの日陰で昼寝してたって。
でもね、寝てなんていられないのよ。何ていったって、ハードルのところには伊田がいるんだから。
最高。
彼女にみっともないとこ見せられないでしょ。自然、めっちゃ気合いがはいってくる。
でもねえ、伊田はもうひとつ元気がないような気がするんだけど。表情でわかるじゃない。もしかしたらあの日なのかしら、とか、ふざけたこと言いたいから、俺、これから会いにいくの。
案外、この合宿は忙しいのよね。走ってウェートしたら他にすることないんだろうって思ってたら、しっかり勉強させられて。陸上競技の歴史だとか運動生理学だとか。そんなに退屈なもんでもない。ふだん走ってることと関係してるから、高校で古文してるのとは違ってる。
でも、これから夜のフリー・タイム。
当然、こうこなくっちゃ。