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いやー、まいった。まいった。
あせったね。
何がって、決まってるじゃないの。合宿よ、合宿。
最後の夜に、フェンス乗り越えてはいってプールで泳いでるとこ、ガードマンに見つかっちゃった。俺と、伊田、どういうわけか広瀬もいて三人。
でもね、今回はこの広瀬のおかげで助かったの。
懐中電灯の明かりが見えて何か声がすると思ったら、広瀬は、すぐにフェンスのとこ走ってった。そして、下の道路にいるガードマンに向かって、今晩は、とか挨拶《あいさつ》する。さも、ふつうのことしてるみたいに。
それで、明るくしゃべってガードマンの注意を引きつけてくれてたんで、伊田は服を着られた(ほとんど裸だったのよ。濡れてヘアが完全に透けてたの、広瀬クン気づいてたかしら、もったいない)し、俺はビールの罐を隠せた。
いや、たいしたやつだねえ。
俺と広瀬が、三日間、昼間の陸上の練習でせりあって勝負がつかないから、水泳で決着をつけようとした。レフェリー役として頼んで伊田に来てもらった。とか、ペラペラ。
今度だけは、君のこと認めてあげよう。八〇〇メートルより、ずっと、才能があるじゃないの。
そういうのってさあ、広瀬だったから言えたんだと思うね。こいつの顔って、なんか汚れを知らないおぼっちゃんっていう感じじゃない。思わず信じてあげたくなる。俺じゃ、だめだったね。
ガードマンは、自分もスポーツしてる大学生のバイトで、外部の人間じゃなくて合宿中の高校生だっていうんで、心を許したみたい。一応報告まで、ってことで合宿所に連れてかれたけど、広瀬がそこにいた陸連のおっさんに同じことしゃべって、門限が過ぎてることだけ軽く怒られて、それで済んじゃった。
しかもね、水泳で決着、っていう作り話が受けた。
「で、結局どっちが勝ったの?」
なんて、訊《き》く。
「もちろん、ぼくです」
って、広瀬が威張るから、
「負けてやったんすよ、今日は」
って俺が口はさんだ。
それで、陸連の役員のおっさんは、ガハハハハって、大笑い。太っ腹なとこ見せたいのかね。
まったく、スポーツマンって、チョロイやつが多い。
実は、伊田の髪も濡れてたんだけど、気づいたとしたって、風呂《ふろ》上がりぐらいに思ってたんだろうね。まさか裸(しつこいけど、ホントほとんど裸だったのよ)で泳いでたなんて、想像もできないだろう。
伊田はね、こういうとき、黙ってて威厳があるの。かっこいい。俺はヘラヘラしてたけど。
で、翌日の練習は、しんどかった。
プールではしゃいだ疲れなんだろう。広瀬もそうだったらしい。走り終わって、目が合うと、笑っちゃったぜえ。
閉会のミーティングで、中距離の監督が、前の晩のことを冗談まじりで遠回しに触れた。君たちも切磋琢磨《せつさたくま》するのもいいがほどほどに、だって。
まあ、そんな合宿。