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で、広瀬が連れてってくれたところって、ちょっと変わってた。
海に泳ぎに行くってことになったら、海の家があってスピーカーのついた広告塔が立ってて監視所があって遠浅になってる、砂浜の海水浴場に行っちゃうじゃないの、ふつうは。
それがね、岩場。あんまり人がいない。
大きな岩で平らになってるとこに荷物置いて、上に着てた服をぬぐことになったのよ。それで水着になった伊田のこと見て、奈央ちゃんが、
「わあ」
って言った。
この子、すごく素直ねえ。
ま、それだけ、伊田のね、からだが立派なんだけど。俺なんか、もう、伊田が服脱いだとたんに大きな波がザッパーンて来た感じがしたもの。
伊田の水着はね、えーと、もったいないから、言うのよそうかしら。
黒のね、すごくシンプルなやつなの。こういうのって、よっぽどからだに自信がないと着られないんじゃない? 俺、今年は女の子の水着にくわしいんだから。
いや、奈央ちゃんだってかわいいのよ。例のオレンジ。
それで、
「ちょっと足が痛いかもしれないけど」
って広瀬が言って、海の中はいってく。
たしかにね、海草がぬるぬるして、足ずらすと角のある岩だったりして、かなり歩きにくい。
広瀬は山口のこと、しっかり抱くようにして支えてる。うらやましいねえ。みんなの前で平気なの。まあ、山口の場合は、脚が悪いのはっきりしてるから、できるのよね。
伊田なんて手もつながさせてくれそうにない。ひとりで、沖の方を向いて、ひょいひょい進んでく。
こうなったら奈央ちゃん、どうしてるかと思って振り向いたら、俺、足がすべって倒れちゃった。
膝打って、かなり痛い。
海の中から足を上げて見てみたら、血が流れてはいないんだけど、ぶつけたとこが桃の種みたいないやな色になってて、だんだんじわっと粒になって赤い血がにじんできた。
「だいじょうぶ?」
奈央ちゃんに心配されちゃったぜえ。
ついでに手、引いてもらおうかしら。
ま、そんなふうにしてちょっと苦労して、膝《ひざ》より上だったり腰ぐらいだったりの深さのところ歩いていくと、波が崩れるところを越えた。急に深くなってて、水が冷たい。とっても、きれい。
きもちいいね。
それで、少し泳ぐとね、また浅いところもある。
いつのまにか、海岸からはずいぶん離れてた。
その浅いところは、水が少し暖かくて。
さすが地元の子は違うねえ。こういう海って、外国とかどっかの島に行かなきゃないんだって思ってた。
俺だったら、こんなとこに住んでたら、八〇〇メートルなんてしんどいことやろうって思わないぜ、きっと。
サーファーになっちゃった方が気持ちいいじゃないの。いつだって海の中にいられて。
ねえ。