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いやあ、驚いた。
ここんとこ、たいへんだったんだから。
親父が逮捕された。
明け方の、まだ四時ぐらい。警察のマル暴が乗り込んできた。俺は二学期が近いんで、寮にもどってて家にいなかった。
もちろん、いたってね、何ができるわけでもない。
突然ドアたたかれて、ま、他の組の襲撃なんて起きるような情勢じゃなかったらしいんでみんな寝てた。何ごとだっていうんで飛び起きて、踏み込まれて、即、タイホ。
それが、ひどい話なの。
うちの建物はかなり古くなってて、おれの部屋なんて雨漏りもするし、手狭なんで、前から建て替えなきゃって言ってた。
それが、近所に小さなアパートで、四十年か五十年たったような木造の、ちょっと住む気にならない、空室だらけのやつがあって、そこ買いとって新しいのを建てようってことになった。
さら地にして基礎打ったとこで逮捕。
建築物の確認申請が出ていないって理由。出てないったって、親父は何回も出しに行ってるのよ。それを役所が受け取らないわけ。地上げした土地への暴力団の組事務所進出は認められない、って。
何、言ってんのよ。
二十畳敷の部屋があるのがいけないっていう。「特殊な目的に使用されると思われ、組事務所になるのは明らか」なんだって。
特殊な目的なんて言われたってねえ、ふつうはせいぜい宴会に使うだけなのよ。広くて掃除が疲れるっておふくろがこぼしてるもん、いまの六畳間がみっつ、ふすま取り払うとくっつくやつだって。
それじゃあ、うちの家族に、どこにも住むなって言ってんのと同じじゃない。
親父の知り合いの弁護士は、書類の手続き上の問題で身柄拘束というのは前代未聞、憲法違反の疑いのある不当逮捕だって息巻いてるらしいけど、理屈はいいから、なんとかしてちょうだいよ。
夕刊に載った親父の顔なんて、情けないくらいショボショボしてて、もうトシなんだから。
俺がそのこと知ったのはずいぶんたってからだった。昼飯で食堂行ったら、練習中に寮に電話があったっていう伝言。
それで、家にかけたら、
「ともかく帰ってこい」
って、兄貴。
こういうことって珍しいから、俺も、
「おふくろが急に倒れたそうなんで」
って、嘘ついて帰った。
言わなきゃよかったね、そんなこと。本当におふくろったら、元気ないの。親父のこと愛してたのかしら。
兄貴がわざわざ俺のこと呼んだのも、おふくろのためだった。
「それじゃなきゃ、おまえがいたってしょうがないしな」
って、まあ、そりゃそうだろうけど、そんなにはっきり言わなくたって。
で、バタバタしてたら、夕方になってデモ隊がきたの。
住民運動っていうやつ。
頭のハゲたおっちゃんとか、きつそうなメガネかけたおばちゃんとかが、そろいのタスキして、うちの下でスピーカーで叫ぶ。
「わたしたちの街に、暴力団は認めないぞお」
「暴力団は出ていけえ」
って。
こんどの引越すはずだったとこの、町内会だとかなんだとかのグループらしいんだけど、出てくったって、どこ行ったらいいのよ。家、建てさせてくんないんだから。
だいたい、うちみたいなテキヤがいなくなったら、お祭りは、どうすんだって言いたいね。つまんないでしょ、夜店がなかったら。ひとが集まんないぜ、絶対。
それに、兄貴の「安売り大魔王」で、五個一〇〇円のティッシュも買えなくなっちゃうでしょおが。わかってんのかね。
俺、窓からうるせえって怒鳴って、ションベンでもかけてやりたかったけど、読まれてるのよねえ。
「今日のとこはおとなしくしてろ」
って、前もって兄貴に釘《くぎ》さされてたの。
それで、安さんが代表っていうことで、うやうやしくデモ隊から要求書とかいうのもらってきた。
デモ隊には、市役所の職員や私服の警察官がつきそってる。おまえら、そんなに暇なの?
最後に、また、
「暴力団は出ていけえ」
ってみんなで声合わせて叫んでから、嬉《うれ》しそうに帰ってくんだけど、俺、ちょっと、あきれたね。
テキヤはたしかに品のいいことばっかりしてるはずないけど、反対するにしたって、今日は親父が逮捕された日じゃないの。
武士の情け、っていうやつもないのかねえ。