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電話。
スナックであばれてるやつがいるって。うちの縄張りでこういう事件が起きたら、出かけてって解決しなきゃいけない。そのためにふだんから、みかじめ料もらってんだから。
こういうのって、警察はなかなか来てくれないし、店の中壊されたって、弁償の金を取り立ててくれるわけでもない。
だから、うちみたいなとこは裏の警察でもあるし、弁護士でもある。頼りにされてんのよ。
でも、今晩のはちょっとヤバイはず。
どこかの組がいよいよ乗り出してきたんじゃない? 親父は逮捕されるわ、住民運動のデモがテレビのニュースにでるわで、うちが弱体化してる。つぶすならいまがチャンスって見た。
武士の情けがないって? だって、武士じゃなくて、やくざだもん。
で、兄貴が弁護士(表の。親父の件でね)のとこ行ったあと帰ってないんで、安さんが、まだはたちぐらい、うちに来たばかりの人をひとり連れて出向くことになった。
俺も行くって言ったんだけど、全然聞いてくれないの。留守中になにかあったら親父さんにしかられるからって。
安さんが行ってから、俺、しばらくがまんしてたんだけど、気になる。安さんって、どう見たって強そうじゃないもの。
俺だって、相手がプロだったらどうしようもないけど、まあ、ふつうのクラスなら、ねえ。
店で騒いだりするのは、あくまでうちがどう出るか様子見るだけだろうから、一番下っ端のすることでしょ。俺の場合、からだがでかいから、後ろに突っ立ってるだけで少しは違いそうじゃない。
ウジウジ気にしてるくらいなら行動しちまえ、っていうのが、昔からの俺の方針。
「ちょっと、タバコ切らしちゃったから」
って、おふくろに言って家を出た。
止められなかった。
おふくろ、あきらめてんのかなあ。だって、考えてみたらミエミエよね。俺、タバコやめたの、知ってんだから。
もうちょっとマシなことば思いつかないもんかね。
自分でもあきれながら、「亜也子《あやこ》」ってスナックは駅の裏のたしかこの辺で、って探して、なかなかわかんないのよ。ゴチャゴチャしてて。
で、看板の照明が消えてたのね、見つけにくかったのは。あった、って思ってかけつけて、一発、深呼吸をしてから気合い入れてドア開けた。
「いらっしゃい」
カウンターにすわったオッサンに言われた。
「龍二ちゃん、こどもがお酒飲んだらだめよ」
安さん、気持ちよさそうにビール飲んでる。ひとりだけ。うちの組のひとは帰されたのかしら。
「あら、この子、もう大きいわよ」
カウンターのなかの派手な女が口をはさむ。
俺、めちゃくちゃ緊張してて気づかなかった。ここって、例のあいつのバイト先だったんじゃないのお。
「まあ、言うわね。広美、手がはやいんだから。ねえ、そんなに大きいの?」
と、亜也子ママ。
「やあね、そんな意味じゃないの」
ってことで、三人が声をあわせて笑うんだけど、俺、何しに来たのよ。
足から力が抜けちゃって、ボックス席にすわりこんだ。
ママが俺にもビール持って来てくれて、一気に飲んでなんとなく床見たら、汚れてんの。隅には雑巾《ぞうきん》が丸まってんだけど、これ、血をこすったあとだ。奥のテーブルだってなくなってる。こわれてしまって裏に出したんだろう。
安さん、見かけによらず、やっぱ、プロだったのね。
で、俺、また広美のこと送ってく役。
「今日はダメよ。遅くなったら、ママや安さんにバレるから」
って言いながら、からだくっつけてくる。
「あたし、男のひとが闘ってるの見ると燃えちゃうの」
で、ま、俺だって燃えないこともなくて、公園のトイレの裏でしたんだけど、立ったままって、わりとむずかしいじゃないの。
ビデオって嘘ばっかり。