あとがき
八〇〇メートルという種目に、関心はおありでしたでしょうか。
物語のなかで広瀬君も言ってますように、日本では陸上競技というと、マラソンや駅伝がポピュラーです。でも、もともとスポーツとしての陸上の歴史が長く、日本とは比較にならないくらい人気があるヨーロッパのようなところでは、八〇〇や一五〇〇が注目を集める。
特に八〇〇は、速いスピードで走りながら、駆け引きしたり、走路妨害したり、時には相手を突きとばしたりするんで、「走る格闘技」と呼ばれ愛されています。これは、そのトラックを二周する八〇〇メートルという特別な距離にのみ情熱を傾ける、TWO LAP RUNNERSをめぐるお話。
私が知る最強のTWO LAP RUNNERは、神奈川県立|秦野《はだの》高校時代の石井隆士さんです。
そのころ、私は湘南《しようなん》高校に入学して八〇〇をはじめたばかりでした。忘れもしない小田原の陸上競技場、男子八〇〇メートル決勝。スタジアムはすでに陽もかげり、で、私はといえば、とっくに予選落ちしていた。
中学のときはバスケットボール部だったのに市の大会で入賞したとか、駅伝では区間賞とったとかいう私の自慢が、高校では全然通用しないの。ふてくされて早く帰りたいとか思いながら、スタンドやトラックの隅の方でダラダラしている情けない一年生だったのですよ。
そんな県大会の決勝で、三年の石井隆士さんが走るのを見たとき、こんな速い人間がいるのが信じられなかった。トラックを二周する八〇〇メートルが、中距離というより「いちばん長い短距離」だと実感できました。
その後の石井隆士さんは、一五〇〇メートルの方で日本新を出し、いまも保持されています。では現在の八〇〇メートルの日本記録はというと、小野友誠さん。長い間破られなかった森本葵さんの記録を一秒以上更新する快挙。
実は、私は、直接にお会いしてサインまでもらっているのです。法政大学のグラウンドで、「どうです、一緒にジョッグしませんか」と小野友誠さんに誘われたときには、震えてしまいました。『800』書いててよかったって思った。
もうひとつ、よかったのは映画。廣木隆一監督。松岡俊介さん、野村祐人さん、袴田吉彦さんたちが演じてくれました。
私もわざわざ泊まりがけでロケに参加、行きずりの海水浴客の役。二場面もやったのに、試写会で見たらすべてカットされていた。
廣木監督、英断です。松岡くんたちと一緒に映ってる自分は見ない方が、私の健康のためにもよかったのでしょう。
二〇〇二年、初夏