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ベンツの右隣にすわっていた時田が、正座し畳に両手をつき頭を下げた。店長も同じようにしたので、とりあえず、俺もマネをする。
頭を上げた時田が言った。
「陳は自分が桝本《ますもと》組に狙われてたんで、万一の事態を考えたそうなんですわ。いちばん意外なところ、安全なところへアレをしばらく預けることにした。それが、この高橋っちゅう、店で働いてる男で。ところが、その高橋が交通事故にあって記憶がのうなり、アレの隠し場所もわからんようになってしもて」
その説明は、俺だって、初めて聞くようなもんだ。
店長と俺は、要塞《ようさい》のような家に連れていかれた。そして、スーツ姿の男たちに囲まれて、奥の和室に入れられたのよ。
とっても高い地位の組長に会うことになったってのは、さすがにわかったね。
「すんません親父さん。えらい、どんくさいこって」
時田が頭を畳にこすりつけるようにした。
店長もそうしてるみたいだったけど、なんかばかばかしくなったんで、俺は付き合わなかった。
「どこぞの組に横流ししたんやないやろな。桝本のタヌキのしっぽ、ようやっとつかまえたと思うたのに」
親父さん、と呼ばれた男は和服を着ていた。落ち着いた静かな声だ。座り机に向かって何か書き物をしているまま、こちらを見ない。
「めっそうもない。陳は、そんなことができるタマじゃありません。それは、わしが保証します」
時田が詫《わ》びる。
「あないに苦労して手に入れたもんやからな。アレがないと、勝負にならん。もう一回、サリナを行かすわけにもいかん。そや、サリナの身のまわりは、注意してるんやろな」
「ええ、それは、もう。若いもんをふたり、二十四時間でつけさせてます」
時田は、そこで声を張り上げた。
「オヤッサン、陳の指、詰めさせますんで。今日のところは、なんとかそれで、わしの監督不行き届きも許してもらえませんやろか」
店長の手がぶるぶると震えるのがわかる。
親父さんだか、オヤッサンだかは、黙ってるの。万年筆を走らせている。話、聞いてないのか?
たっぷり時間がたってから、
「陳の汚い指なんて、もらってなんになる。見とうないわ、そんなん」
その言葉に、店長は畳に頭をすりつけた。そればっか。
「いまは時代が違うんや。指詰めるより指があって働いてもろたほうが、どないにましか。陳の商売の才能は実証済みや」
和服の男が、机から顔を上げた。
小さい顔をした、じいさん。
「なんというたか、この男。ええからだしとるな」
初めて目があってしまった。
「堂々としたもんやなあ、何しとるやつや?」
「陳、答えろ」
時田がせかす。
「はいっ、高橋ね。スポーツを、陸上競技をしてます。事故で両親が死んで遺産がたっぷりあるんで、今回、それでチャラにしようと思いましたですが、弁護士管理とかで動かせないね」
そんなことになっていたの?
店長ったら、おとなしそうに見えて、いろいろしてるじゃないの。
「このひと、堂々いうより、記憶喪失なんで、ちょっと変です。あっ、もともと、事故の前から少し変でした」
好き勝手に言われてしまった。
「なんや、けったいな言葉やのう、記憶喪失いうんか。つまりはその、物忘れが激しいいうことか。そしたら、そのお兄さんに思い出してもろたら、済むわけやな」
俺だって、思い出したいのよ。アレの隠し場所だけじゃなくて、もっともっと、いろんなこと。
時田が言った。
「陳と、この高橋、わしに預からせてください。一緒に苦労させますよって。それでアレはなんとしても見つけ出させます」
「ほお。ほなら、好きなよに」
和服の男は、座り机に向かってしまった。
何もなかったかのように、書き物を再開してる。