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帰りの廊下も長かった。何回も曲がって、庭をめぐるように歩く。
「時田さん、もしかしたら、私たち、アレやるのですか?」
店長は、ささやくように聞く。このうえなく悲しいという顔をしている。こいつ、もう少ししたら、絶対、泣き出すね。
時田は、問いかけを完全に無視した。
この男、高原組のなかである程度の地位にいるみたい。廊下の角を曲がるごとに、組長の家の警護をしてるスーツの男たちが、時田に目礼して進路を譲る。
この男が、俺たちを「預かる」ことになったわけだけど、アレっていうのは、何をさせられるんだろうねえ。
しかも、俺は渡されたらしい大切な「アレ」をなくしてしまったせいで、店長と「アレ」をしなければいけない。
さっぱり、理解できないぜ。
それは、俺が事故にあってね、えーと、ドクターの言ってた意味記憶とかを失った、とかいうせいでは、まったくないよな。
「そっちの……、おい……、記憶喪失」
時田が、突然、口を開いた。
いいかげん、名前、覚えろよな。てめえのほうが記憶喪失だろうが。
「しばらくは、しっかり働くんだな」
返事のしようがない。だって、ノーって言える雰囲気じゃないんだもの。
「働き次第で、親分のお怒りだって、そのうち解けるだろう。とにかく、しんぼうだ」
というわけで、俺は、またベンツに乗せられた。時田と店長にはさまれてすわるのも同じ。
クルマは高原組長の家を出て、夜の住宅街を走り出す。
「時田さん、前の前の支配人が行かされて、アレしました」
店長が切りだす。
「うん? そうだったか?」
「よく知ってるじゃないですか、時田さん。年末に店のお金、全部かき集めて、飛ぶ寸前につかまりました」
「おー」
「あのひと、廃人になったって噂です。つかいものにならなくなって放り出されたときには、道もまっすぐに歩けませんでした」
時田はタバコを取り出した。店長が、俺のからだの前を横切るようにして火をつける。
「そんなことも、あったかな。でも、指詰めるよりかマシだろ」
店長は全身でため息をついた。
黙ってだったけれど、はーっ、という声が車内に満ちるくらいの仕草。