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「おっ、おまえ。何者だ?」
監督が言った。
肩に乗せのぞきこんでいたカメラから目をはずし、こちらを見ている。
それは、俺がいちばん苦手とする質問だったけど、監督の視線は明らかに店長に向いていた。
「あ、陳といいます。はじめまして。よろしくお願いします」
監督は、店長の返事なんて聞いてない。
「なんなんだ? いや、その。なんというか。いったい、なぜなんだ? その精液の量は」
実際、そのくらいのリアクションに値したね。店長の音をたてて発射された大量の精液は、女優の顔から胸まで飛び散っていた。
からだの上に、ゼリー状の海ができている。
助監督がベッドの脇まで来ると、店長の尻をバシッとたたいた。
「すごい。こんなの見たことない」
「中国人、子孫の繁栄、まず第一に考えます。だから、精子が多いこと、いちばん大切」
本当かよ?
ベッドの上では、女優が、もがくように動いた。身をくねらせ、うつぶせになる。
女優は、両手で顔をぬぐっている。ぬぐった手を、いったんシーツで拭《ふ》いてから、また顔をぬぐう。
小さく、クションと変な音のくしゃみをした。
「ひどいわー。ユウカのことも考えてもらわないと。鼻にはいったじゃないの。勢いが強くってー、逃げられないんだからー」
カメラがまわっているときと全然違う、低い声だった。
女優は、もう一回くしゃみをし、
「窒息寸前よ、もう」
照明器具のところにいたひとが、タオルを手渡した。
「目にはいったら大変。あーあ、これ、髪バリバリでー、からだじゅうゴワゴワになりそう」
「そうだよねえ、ユウカちゃん。よく、がんばった」
監督が女優に声をかけた。
「テイク終了。ハルさん、連れてったげて」
さっきのタオルを持っていたひとが、ユウカちゃんと呼ばれている女優の手を取って起こした。
「おまえ、最高の汁男優だな。あんなにぶっかけるなんて、見たこともない。素晴らしいよ。早く、いまのシーンを編集したい」
監督が、店長に言った。
「でも、ちょっとは、タイミングを考えてもらいたいね」
俺の後ろで、立ち上がる気配がした。日焼けした男優だ。
「おまえ、登場が早すぎるぜ。俺のチンポがまだユウカん中にはいってるのに、おまえ、俺のこと突き飛ばしただろ。俺の商売道具が捻挫《ねんざ》したらどうしてくれる」
「ああ、それはすみません。助監督さんの合図で出たつもりだったんですけど」
店長は、あわてて振り向いてあやまった。
「ケンさん、ごめん。こいつのダッシュが、めっちゃ速くて。おまえ、やる気まんまんだったな。それに比べて、こっちのは……」
助監督は、俺を見た。
まずいなあ、みんな、忘れてくれたと思ってたんだけど。
「ちんたら出てくし、発射もできなかったんだろ?」
「はあ、陳さんがあんまりすごいんで、つい、ながめちゃって……」
俺、ボソボソ言ったの。もちろん、言い訳よ、言い訳。
「そりゃ、そうだ。無理もない。それに汁男優は、こいつひとりで十分というか十二分というか、十二人分は出したな。ハ、ハ、ハッ……、つまんないか。おい、笑え」
助監督と日焼けした男優とが、力なく笑った。
店長もね、ちょっと遅れたんだけど、付き合って笑っている。
俺、もう帰る、こんなとこ。