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「なあ、今度の新入りは大当たりだな」
監督は上機嫌でコップをあけた。それを助監督に突き出しながら、
「組の仕事でヘタ打ったっていうから、どうせドンクサイやつらだろうって思ったら」
「そうですよね。ずっといいですよね。この前のは、ひどかった。あーうー言ってて、話ひとつ通じない」
助監督が応じてビールを注ぐ。
「おまえら、もっと食え。遠慮しないでいいんだぞ」
網の上の肉をひっくりかえしながら、監督が言った。
「はいっ、十分いただいております。いえ、十二人分です」
店長が元気よく返事する。
監督がガハハハと笑った。
店長って、こんなに調子いいやつだったのね。
「高橋、おまえ撮影の経験あるのか? やけに現場に慣れてるな。助監の手伝いでもしてたとか」
話を振られてしまった。
「いえ、AV好きで、よく見てただけで」
嘘よ、嘘。だって、俺、記憶喪失なんだから。
監督や助監督やね、もうひとり、照明とかしてるハルさんの言うことよく聞いて、それに合わせて動いてただけなの。
「そうか。立派な働きだ」
監督は、ビールを俺のコップに注ぐ。
「高橋、明日もがんばってもらうからな。体力つけとけよ」
「はい」
いいお返事。
俺は、とても空腹だった。
もう深夜だ。振り返ってみると、眉子叔母さんとデパートに行ったとき昼食をとって以来、何も食べてなかった。
箸《はし》をのばし焼けた肉をつかんで、タレのはいった皿に移す。
すると監督の隣にすわっている女優のユウカってのが、青ネギの刻んだのをたっぷりとのせてくれるの。
なんか、家族の食卓みたいって気がして、で、俺の失った家族っていうのは、どんなふうに食事してたんだろう、って考えちゃった。
「でもねえ、陳さん、角度だけは注意してよー。鼻の穴、禁止よ。陳さんのちんちんの角度」
みんなが笑った。
渡辺組、といってもマフィアの組ではなくて(もちろん、俺たちが送り込まれたんだから、関係は深いんだろうけど)、渡辺監督を中心とするAV撮影チームは、仲が良い感じだった。
けれど、ケンさんだけが黙りがちで食べているのがね、ちょっと気になった。不機嫌そうにしている。
店長に突き飛ばされたこと、まだ根に持っているのかしら。
小さいやつ。
「まあ、これも何かの縁だ。一緒に仕事することになったんだから、楽しくやろう」
渡辺監督が言って、ビールのコップを全員でカチカチさせた。