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「しょうがないなあ。高橋にかけさせて、シーンつなぎましょうか」
「俺、頭痛い。期待してたのよ、陳のからドバーって精液がかかる場面。監督の腕の奮いようがないよな、こんな役者たちじゃ」
「あら、ユウカは悪くなーい」
「そうです。お姉さん、とっても魅力的。悪いの私」
店長は膝《ひざ》の上にユウカをのせ、後ろから耳もとでささやいてる。責任、感じてるみたいね。
ロケバスの中。
監督と助監督は、何やら作戦会議をしている。俺は、後ろの方にすわって、みんなのじゃまにならないようにしていた。
そしたら、ケンさんが、バスに乗ってきた。
俺の席の前にあったコンビニの袋から、缶のお茶を取り出す。朝のあまりだから、ぬるくなってると思うんだけど。
「あのな、立てるのは、ほとんど頭なんだ。わかる? 高橋」
「はあ」
「この商売してて、最初のうちはオンナのハダカ見れば立った。おまえ、いま、立つだろ? な、びんびんに立つ。だけど、いまは……」
俺は、なんとなくケンさんの話を聞くかたちになった。ケンさんにしたら、ま、ただの暇つぶしだと思うけどね。
「だれのハダカだって、横でハメてるの見たって、まったく立たないんだ。自分の想像力で、精神力で立てる。昔は愛だって思ってた。撮影の短い間に相手に惚《ほ》れて、どれだけ惚れさせるかの勝負だって……」
このひと、相当に、疲れてるのかな。こんなこと、俺相手にしゃべるなんてねえ。
「愛」も「惚れる」のも、俺には、もうひとつわからない気がしたけど、いちいち話さえぎって質問するようなことじゃないわな。
「どっかで、気づいたよ。自分が甘かったってね。オンナに愛なんて関係ない。オンナに頭脳はないんだ。オトコにチンポぶちこまれてると、そのオトコのこと好きになるのよ。要するに、オトコは、チンポを立てることが大事なんだ。それをオンナにぶちこめばいい」
ケンさんの口調に熱がはいってきた。
俺、お付き合いでうなずくだけ。
「前にね、雑誌で『ケンさんに抱かれよう』っていうのやってたの、知ってる? あ、高橋、記憶喪失だったよな。とにかくさ、その企画で、毎週毎週、いっぱい応募がくるのよ。AV男優にハメてもらえるっていうんで」
ケンさんは、俺の顔を見た。反応を確認してるみたいなんだけど、俺、どんな表情してるんだろ。
「いいかい? それって、ごくふつうのシロウトさんよ。カラダも顔も、結構マシなやつもいてね。ふだんできないような究極のセックスを、一度は経験したいってわけ。一生に一度のチャンス。で、そいつら、ケツの穴さらけ出して、ハメてハメてって、尻振ってせまってくるのよ」
ケンさんは、首を左右に振る。
「ユウカみたいに金のためにAV出るってのは、わかるよな。ちゃんと、目的がある。そいつら、タダなんだぜ。タダっていうより、交通費とかホテル代とかかけて、全国からわざわざやってくんの。目に入れる線だって、だんだんいいかげんになってきて、親とか恋人とか、夫だとかにバレそうなのに」
ふーん。
で、結局のところ、何がケンさんの言いたいことなのか。
「あの雑誌の企画やってて、俺は、人生観、変わった。そんなオンナたち見てたら、だんだん嫌になってくる。仕事だから先っぽだけ入れて、あとは編集の担当のやつらに突っ込ませて」
窓の外に、なんとなく視線を走らせるケンさん。
まあ、どんな商売にもつらいことがある、っていうのなら、わかる気はする。でも、ケンさんのは、ちょっと違うなあ。
「そしたらさ、相手は俺じゃなくたっていいわけよ。ヒーヒーいっちゃって。やってらんないよな。担当のやつはさ、それまでオンナにもてなかったから、いまが人生の絶頂期だとかほざいて。嬉しくって、あんま派手に載せまくったんで、サツが目つけてさ……」
パンと、手をたたく音がした。
「よーし、ユウカちゃんに、お願いがありまーす」
助監督が振り向き、ちょっと、無理やりの明るい声を張り上げた。
「なーに?」
「やっぱり、アレです」
「えー。また、アレ?」
ユウカは不満そうに頬をふくらませているけど、今度の「アレ」は、いったい、なんなんだよ。
横ではケンさんが、数回、首を振った。
本当に疲れてそうだよ、このひと。
「そうだ、やるぞ。弁当食ったら、屋外スカトロ。『ユウカの海岸物語。私のお尻は糞《くそ》まみれ』ってタイトルでどうだ?」
「そんなの、ユウカ、全然、聞いてなーい」