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ロッカールームに向かった。
俺のからだは、覚えていてくれなかったのだ。スターティング・ブロックを設置する向きを。つまり、それは、スタジアムの走路の方向さえ判断できない、ということだ。
コーチに言われたら、すぐに、わかったんだけど。
それは、ドクターの言っていた、手続き記憶とかいうやつの崩壊なんだろうか? あいつが例に挙げてた自転車の乗り方と、ブロックのセッティングはよく似てる。
記憶のピラミッドのいちばん下だとか言ってたよな。しかも、その手続き記憶が壊れていたらやっかいだって。
ドクターには、まだまだおかしなことが起こる、それを楽しめって前にも言われた。それが、こんなとこで出てくるなんて。
俺の名前の書かれたロッカーの扉を開けた。
着てきた服に着替えようとして、俺は手をすべらせてジャケットを取り落としてしまった。拾おうとした右手が、硬いものに触れた。
スーパーマーケットの袋に包まれた箱のようなものが、ロッカーのいちばん奥にあった。
「まあ、こんなところに。盲点だったわね」
俺の後ろで、ゆっくりと、息を吹きかけるようにささやくのは、振り返らないでも誰だかわかる。
間違えようがない、その独特な鼻にかかったような声は、サリナだ。