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店長は最後まで礼儀正しく、眉子叔母さんにも丁寧な挨拶をしてから帰っていった。今度は窓じゃなくて、ちゃんとドアから。
結局、店長のリクルート活動には、俺は保留の返事をしておいたの。
「いつでもその気になったら、よろしくお願いします。副店長のポスト、あけておくあるね。女の子たちも待っています」
とか言っていたけど、本当のところ、そんなに熱意はない感じだった。
店長が来た目的は、あくまでね、留置所から出られたことの報告。
それから、例のアレが俺のロッカーから発見された件もあったよね。店長が属しているマフィアの高原組、そこの内部での問題が片付いたのをふたりで確認できた。
つまり、もう、あの威張った時田に追われたりはしない。よかったよ、ホント。もちろん、AVの撮影の仕事だってしなくていいし。
でもさあ、俺にとっては、ここで新たな問題が生じちゃったわけじゃない。店長が小声で持ち出した、眉子叔母さんの動きが怪しいという話題。
そんなの、いったい、どう考えたらいいんだ?
叔母さんは、バルセロナからわざわざ日本にやって来てくれた。俺の実の母親の代わりに。そして、記憶を失った俺の日常生活の面倒を見てくれている。
そのことにはさ、俺は、実際、とても感謝してるのよ。あまり、口にはしてないけど。
でもね、いま、俺が眉子叔母さんと店長のどちらを信頼するのかとか言われたって、それは選択のしようがない。
実はね、叔母さんと病院が俺には内緒に接触している可能性っていうのは、あり得ないことではないと思うんだ。
以前から、気になっていたのよ。俺が過去を話題にしたときの、叔母さんのそっけなさ。
何も知らない、ってはねのけるように言うでしょ。それで、ジャスト・リメンバー、思い出したら? あとは、あなたは未来に生きるべきだ、そう言って、口癖みたいな切り口上で、常に話を終えようとする。
単に、アボガダを目指している叔母さんの個性だとも言える。けれど、そういう態度って、何か隠しているんじゃないかって思う時が、ないわけでもなかったのよ。
でも、眉子叔母さんが、もし知っていることがあるのなら、なんで俺に秘密にする必要があるんだ? その理由が、まったく見当もつかない。
あのね、もうひとつ、気づいてたことがある。
これは、店長の話を聞く前からなんだけど。
叔母さんが、日によってね、深刻そうだったり、楽しそうに明るくしてたり。なんだか、不安定。
しかも、それを隠そうとしてる。自分がいま変な状態になってたりするのを、見せないように、とりつくろうと努力をしてるように、感じてたの。
考えごとをしてる時間も増えてるよね。
食事中に、返事がもどってこない。ソファで放心してたのか、俺がリビングにはいっていくと、ビクッとしたりね。
よく部屋にこもってるのは、パソコンに向かっているのか。
妙なことになってきちゃったなあ。
テレビ見ながら、叔母さんは、あくびをしている。予告もなく現われた店長に対して立派な大人の応対をしていたけど、やっぱり疲れたのかな。
でも、そうやってるとね、ただの無邪気な十五歳の女の子に見える。