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電話でアポイントメントをとった。
「じゃあ、行ってくるよ。そんなに時間はかからないと思う」
玄関で見送ってくれる眉子叔母さんに言った。
いや、十五歳の、俺の妹の眉子に。
「私が最初に話したときから、わかってたの?」
「うん、だいたいは」
俺は駅に向かう。
退院したときには切符の買い方もわからなかったのが嘘のようだ。つい、この前のことではあるのだけれど。
ドアをノックする。
返事はなかった。
でも、俺は力をこめてノブを回し、ゆっくりと押し開ける。
白衣を着て机に向かってすわっていたやつが、顔を上げた。
「こんにちは、お父さん」
俺は、そう呼びかけた。
ドクターは、眼鏡を一度はずし、顔をくしゃくしゃにこすってから、かけ直した。
「そうか。ついに、わかったか。いや、ようやくわかったのか、と言ってもいいが」
叔母さんは、たぶん、話す気にはなれなかったのだろう。俺は、独自に感づいたのだ。俺が記憶を失った交通事故で、両親は死んだ。その俺の父は、貿易商とのことだった。入院中に、そういう説明があったのだ。
それが、本当の父は、クローンである俺のDNAの本来の所有者は、叔母さんの話だと最先端の医療研究者だったって言う。
そこで、俺は気づいた。初めのひらめきは、すぐに確信に変わった。
ドクターが、あんなにも攻撃的に俺に接触するのが、説明がつく。DNAを共有する第二の自己っていうか、自分の分身への特別な思いがあるというのなら、わかる。
Kがドクターを警戒しろと言ったのは、彼女の元夫であり、クローンを産まされて、肉体的にも精神的にも打撃を与えられた相手であるからだろう。
「まあ、いい。すわれ。ふたりだけで話そう」
ドクターは、椅子を指差した。
最初からそのつもりだったのだろうか、診察室にはドクターだけだった。
もっとも、MSUに属していたナースは、いるはずがない。初めのころからのメンバーで、幹部になっていた彼女は、Kと一緒に逮捕されたんだから。
「いろいろ、たいへんだっただろうな。おまえの母親もあんなことになってしまって。逮捕シーンがテレビに映るなんて、前代未聞だ」
それは話の核心ではない。
俺は、ドクターが父と息子の出会いの場で、問題をはぐらかそうとしているように感じる。
「事故死した両親というのは、だれなんですか?」
「おや、聞いてないのか?」
ドクターは、本当に意外そうだった。
「眉子には話したんだが。あれは慧の親友の夫婦だ。高校時代の友人で、こどもができなかった。慧にはアメリカへ行く予定があったし、私ひとりで幼児を育てるのは不可能に近かった。それで養子として引き取ってくれたんだ」
「なんで、そう言ってくれなかったんです? 俺が意識を回復した時点で。それで自分が本当の父親なんだって名乗ってくれれば」
ドクターは、再び眼鏡をはずし、顔をこする。
「そこだな。うん……、そうすべきだったのかもしれん」
「かもしれん、って。当然じゃないですか、息子に対して父親が名乗り出るのは」
俺は、あきれる思いだった。
「すまん。だけどな、あの時、私は、おまえに永久に記憶喪失でいてほしかったんだ」
永久に記憶喪失?
父親が息子に対してであれ、医者が患者に対してであれ、治療が進まないことを望む?
「そんな身勝手な、自分のクローンをつくっておいて」
突然ドクターが立ち上がる。大きな音をたて椅子が倒れた。
「なんだって? クローン? そんな馬鹿なことを」
机をたたくドクター。
「ハッ、馬鹿馬鹿しい。クローンだと。おまえが、私のクローン! そんなもんができるはずがないだろう。いいか、哺乳《ほにゆう》類のクローンなんて、成功の確率の低さを考えろ。羊でさえ馬でさえ、まともなクローンはできとらん。おまえは、自分が言ってることがわかってるのか?」
ドクターが、例の攻撃的な姿勢にはいったのかと、俺は思った。
しかし、彼は、ゆっくりと、とてもゆっくりと椅子を拾い上げた。元にもどし、再び席につく。
「そうか、その話は、眉子とはしなかったな。慧に吹き込まれたんだろうが、そんなものを信じてたとは。しっかりしているように見えても、こどもだな」
何を言いたいのだろう。
俺は、ヒゲを引っ張っているドクターに言った。
「じゃあ、俺は、お父さんのクローンじゃないんですか?」
「当たり前だろう。我々の科学がそんなに進歩しとるわけがない。仮におまえがクローンだとしたら、十八年前に技術が確立しとらねばならん。もっとも、おまえは事故前に、すでに、自分がクローンだと信じてたのかもしれんが」
ドクターの言うことは、予測がつかない。
「おまえはMSUの信者になっていたからな。それも、かなり熱心な。それが、私がおまえに記憶喪失でいてもらいたかった理由だ」