第9章 青豆
風景が変わり、ルールが変わった
青豆は自宅からいちばん近いところにある区立図書館に行った。そしてカウンターで新聞の縮刷版の閲覧を請求した。一九八一年の九月から十一月までの三ヶ月ぶんだ。朝日と読売と毎日と日経がありますが、どの新聞がご希望ですか、と図書館員が尋ねた。眼鏡をかけた中年の女性で、図書館の正式な職員というよりは、主婦のパートタイムのように見えた。それほど太っているというのでもないのに、手首がハムのようにむくんでいた。
どれでもかまわないと青豆は言った。どれだって同じようなものだ。
「そうかもしれませんが、どれかひとつに決めていただかないと困るんです」、女はそれ以上の議論をはねつけるような抑揚のない声でそう言った。青豆も議論をするつもりはなかったから、とくに理由もなく毎日新聞を選んだ。そして仕切のついたテーブルに座ってノートを広げ、ボールペンを片手に、新聞に掲載されている記事を目で追っていった。
一九八一年の初秋には、それほど大きな事件は起こっていなかった。その年の七月にチャールズ王子とダイアナが結婚式をあげており、その余波がいまだに続いていた。二人がどこに行ってどんなことをして、ダイアナがどんな服を着て、どんな装身具をつけていたか。チャールズとダイアナが結婚式をあげたことを青豆はもちろん知っていた。しかしそれについてとりたてて興味は持たなかった。世間の人々が英国の皇太子や皇太子妃の運命に対して、どうしてそんなに深い関心を持たなくてはならないのか、青豆にはまったく理解できなかった。チャールズは外見からいえば、皇太子というよりは、胃腸に問題を抱えた物理の教師みたいに見えた。
ポーランドではワレサ議長の率いる「連帯」が政府との対立を深め、ソビエト政府はそのことに「憂慮の意」を示していた。より明瞭な言葉を使えば、ポーランド政府が事態を収拾できなければ、六八年の「プラハの春」のときのように戦車の軍団を送り込んでやるぞということだ。そのあたりのことも青豆はおおよそ覚えていた。結局はいろいろあった末にソ連がとりあえず介入をあきらめたことも知っている。だから記事を詳しく読む必要はなかった。ただひとつ、アメリカのレーガン大統領が、おそらくはソビエトの内政干渉を牽制する目的で、「ポーランドでの緊張が、米ソ共同の月面基地建設計画に支障を及ぼさないことを期待する」という声明を出していた。月面基地建設? そんな話は耳にしたこともない。でもそういえば、このあいだのテレビのニュースで何かそういうことを言っていたような気がする。関西から来た髪の薄い中年男と赤坂のホテルでセックスをした夜だ。
九月二十日にはジャカルタで世界最大規模の凧《たこ》揚げ大会が開催され、一万人以上の人が集まって凧をあげた。そんなニュースを青豆は知らなかったが、知らなくてもとくに不思議はない。三年前にジャカルタで行われた凧揚げ大会のニュースをいったい誰が覚えているだろう。
十月六日にはエジプトでサダト大統領が、イスラム過激派のテロリストに暗殺された。青豆はその事件を記憶しており、サダト大統領のことをあらためて気の毒に思った。彼女はサダト大統領の頭の禿げ方がけっこう気に入っていたし、宗教がらみの原理主義者たちに対しては、一貫して強い嫌悪感を抱いていたからだ。そういった連中の偏狭な世界観や、思い上がった優越感や、他人に対する無神経な押しつけのことを考えただけで、怒りがこみ上げてくる。彼女にはその怒りをうまくコントロールすることができなかった。しかしそれは現在彼女が直面している問題とは関係のないことだ。青豆は何度か深呼吸をして神経を鎮めてから、次のページに移った。
十月十二日には東京板橋区の住宅地で、NHKの集金人(56歳)が受信料の支払いを拒否した大学生と口論になり、鞄に入れて持ち歩いていた出刃包丁で相手の腹を刺して重傷を負わせた。集金人は駆けつけた警官にその場で逮捕された。集金人は血だらけの包丁を手にほとんど放心状態でそこに立ちつくしており、逮捕に際してはまったく抵抗をしなかった。集金人は六年前から職員として働いており、勤務態度はきわめてまじめで成績も優秀だったと、同僚の一人は語っていた。
青豆はそんな事件が起こったことを知らなかった。青豆は読売新聞をとっており、毎日隅から隅まで目を通している。社会面の記事は——とくに犯罪がからんだものは——詳しく読むようにしている。そしてその記事は、夕刊の社会面の半分近くを占めていた。これほど大きな記事を見逃すというようなことはまずあり得ない。しかしもちろん、何かの加減で読み損なったという可能性はなくはない。きわめてありそうにないことだが、まったくないとは断言できない。
彼女は額にしわを寄せて、その可能性についてしばらく考え込んでいた。それからノートに日付と、事件の概要をメモした。
集金人の名前は芥川真之介といった。立派な名前だ。文豪みたいだ。写真は載っていなかった。刺された田川明さん(21歳)の写真が載っているだけだ。田川さんは日本大学法学部の三年生で剣道二段だった。竹刀を持っていれば簡単には刺されなかったのだろうが、普通の人間は竹刀を片手にNHKの集金人と話をしたりはしない。また普通のNHKの集金人は、鞄に出刃包丁を入れて持ち歩いたりはしない。青豆はその後数日ぶんの報道を注意して追ってみたが、その刺された学生が死んだという記事は見あたらなかった。たぶん一命をとりとめたのだろう。
十月十六日には北海道夕張の炭坑で大きな事故が起こった。地下千メートルの採掘現場で火災が発生し、作業をしていた五十人以上の人々が窒息死した。火災は地上近くに燃え広がり、更に十人がそこで命を落とした。会社は延焼を防ぐため、残りの作業員の生死を確認しないまま、ポンプを使って坑道を水没させた。死者の合計は九十三人に達した。胸の痛む事件だった。石炭は「汚い」エネルギー源であり、それを採掘するのは危険な作業だ。採掘会社は設備投資を渋り、労働条件は劣悪だった。事故は多く、肺が確実にやられた。しかしそれが安価である故に、石炭を必要とする人々や企業が存在する。青豆はその事故のことをよく記憶していた。
青豆の探していた事件は、夕張炭坑の事故の余波がまだ続いている十月十九日に起こっていた。そんな事件があったことを——数時間前にタマルから聞かされるまではということだが——青豆はまったく知らなかった。いくらなんでも、それはあり得ないことだ。その事件の見出しは朝刊の一面に、見逃しようもない大きな活字で印刷されていたからだ。
[#ゴシック体]山梨山中で過激派と銃撃戦 警官三人死亡[#ゴシック体終わり]
大きな写真も載っていた。事件の起こった現場の航空写真。本栖湖の近辺だ。簡単な地図もある。別荘地として開発された地域からもっと奥に入った山の中だ。死んだ三人の山梨県警の警官の顔写真。ヘリコプターで出動する自衛隊の特殊空挺部隊。迷彩の戦闘服、スコープつきの狙撃銃と銃身の短い自動小銃。
青豆はしばらくのあいだ大きく顔を歪めていた。感情を正当に表現するために、顔の各部の筋肉を伸ばせるところまで伸ばした。しかし机の両側には仕切があったから、誰も青豆の顔のそのような強烈な変化を目にすることはなかった。それから青豆は大きく呼吸をした。あたりの空気を思い切り吸い込み、思い切り吐き出した。鯨が水面に浮上し、巨大な肺の空気をそっくり入れ換えるときのように。背中合わせの席で勉強をしていた高校生が、その音にびつくりして青豆の方を振り向いたが、もちろん何も言わなかった。ただ怯えただけだ。
彼女はひとしきり顔を歪めてから、努力して各部の筋肉を緩め、もとあった普通の顔に戻した。それからボールペンの尻で、長いあいだ前歯をこつこつとつついていた。そして考えをまとめようとした。そこにはなにかしら理由があるはずだ。というか、理由は[#傍点]なくてはならない[#傍点終わり]。どうしてそんな重大な、日本全体を揺るがせるような事件を私は見逃したのだろう。
いや、何もこの事件だけじゃない。NHKの集金人が大学生を刺した事件だって、私は知らなかった。とても不思議だ。立て続けにそんな大きな見落としをするわけがない。私はなんといっても几帳面で注意深い人間だ。ほんの一ミリの誤差だって目につく。記憶力にも自信はある。だからこそ何人かの人を[#傍点]あちら側[#傍点終わり]に送っておきながら、一度としてミスを犯すことなく、こうして生き延びてこられたのだ。私は日々丁寧に新聞を読んできたし、「丁寧に新聞を読む」と私が言うとき、それはいささかなりとも意味のある情報は何ひとつ見逃さない、ということだ。
もちろんその本栖湖事件は何日にもわたって新聞紙面で大きく扱われていた。自衛隊と県警は逃走した十人の過激派メンバーを追って大がかりな山狩りをおこない、三人を射殺し、二人に重傷を負わせ、四人(そのうちの一人は女性)を逮捕した。一人は行方不明のままだった。新聞全体がその事件の報道で埋めつくされていた。おかげでNHKの集金人が板橋区で大学生を刺した事件の続報なんて、どこかに吹き飛んでしまった。
NHKは——もちろん顔には出さないが——胸をなで下ろしたに違いない。もしそんな大事件がなかったら、マスコミはNHKの集金システムについて、あるいはNHKという組織のあり方そのものに対して、ここを先途《せんど》と大きな声で疑義を呈していたに違いないから。その年の初めに、ロッキード汚職事件を特集したNHKの番組に自民党が文句をつけ、内容を改変させるという事件があった。NHKは何人かの与党政治家にその放送前の番組内容をこと細かに説明し、「こういうものを放送していいでしょうか」と恭《うやうや》しくお伺いを立てていたのだ。それは驚くべきことに、日常的に行われているプロセスだった。NHKの予算は国会の承認を受ける必要があり、与党や政府の機嫌を損ねたらどんな報復を受けるかしれないという怯えがNHKの上層部にはある。また与党内には、NHKは自分たちの広報機関にすぎないという考えがある。そのような内幕が暴露されたことで、国民の多くは当然のことながらNHK番組の自立性と政治的公正さに対して不信感を抱き始めていた。そして受信料の不払い運動も勢いをつけていた。
その本栖湖の事件と、NHKの集金人の事件を別にすれば、青豆はその時期に起こったほかの出来事や事件や事故を、どれもはっきり記憶していた。その二件以外のニュースについては、記憶に洩れはなかった。どの記事も当時しっかり読んだ覚えがあった。それなのに、本栖湖の銃撃事件とNHKの集金人の事件だけが、彼女の記憶にはまったく残っていない。どうしてだろう。もし私の頭脳に何か不具合が生じているとしても、その二件についての記事だけを読み飛ばしたり、あるいはそれについての記憶だけを器用に消し去ったりできるものだろうか。
青豆は目を閉じ、こめかみを指先で強く押した。いや、そういうこともひょっとしてあり得るかもしれない。私の脳の中に、現実を作り替えようとする機能みたいなものが生じていて、それがある特定のニュースだけを選択し、そこにすっぽりと黒い布をかけ、私の目に触れないように、記憶に残らないようにしてしまっているのかもしれない。警官の制式拳銃や制服が新しくなったことや、米ソ共同の月面基地が建設されていることや、NHKの集金人が出刃包丁で大学生を刺したことや、本栖湖で過激派と自衛隊特殊部隊とのあいだに激しい銃撃戦があったことなんかを。
しかしそれらの出来事のあいだに、いったいどのような共通性があるというのだ?
どれだけ考えても共通性なんてない。
青豆はボールペンの尻で前歯をこつこつと叩き続けた。そして頭脳を回転させた。
長い時間が経過したあとで、青豆はふとこう思った。
たとえばこんな風に考えてみることはできないだろうか——問題があるのは私自身ではなく、私をとりまく外部の世界なのだと。私の意識や精神に異常が生じているのではなく、わけのわからないなんらかの力が作用して、私のまわりの世界そのものが変更を受けてしまったのだと。
考えれば考えるほど、そちらの仮説のほうが青豆には自然なものとして感じられた。自分の意識に何か欠損や歪みがあるという実感が、どうしても持てなかったからだ。
だから彼女はその仮説をもっと先まで推し進めた。
[#傍点]狂いを生じているのは私ではなく[#傍点終わり]、[#傍点]世界なのだ[#傍点終わり]。
そう、それでいい。
どこかの時点で私の知っている世界は消滅し、あるいは退場し、別の世界がそれにとって代わったのだ。レールのポイントが切り替わるみたいに。つまり、今ここにある私の意識はもとあった世界に属しているが、世界そのものは既に別のものにかわってしまっている。そこでおこなわれた事実の変更は、今のところまだ限定されたものでしかない。新しい世界の大部分は、私の知っているもともとの世界からそのまま流用されている。だから生活していくぶんには、とくに現実的な支障は(今のところほとんど)ない。しかしそれらの「変更された部分」はおそらく先に行くにしたがって、更に大きな違いを私のまわりに作り出していくだろう。誤差は少しずつ膨らんでいく。そして場合によってはそれらの誤差は、私の取る行動の論理性を損ない、私に致命的な過ちを犯させるかもしれない。もしそんなことになったら、それは文字通り命取りになる。
パラレル・ワールド。
ひどく酸っぱいものを口の中に含んでしまったときのように、青豆は顔をしかめた。しかし先刻ほど激しいしかめ方ではなかった。それからまたボールペンの尻で前歯をこつこつと強く叩き、喉の奥で重いうなり声を立てた。背後の高校生はそれを耳にしたが、今度は聞こえないふりをしていた。
これじゃサイエンス・フィクションになってしまう、と青豆は思った。
ひょっとして私は自己防御のために、身勝手な仮説を作り上げているのだろうか。実際には、ただ単に[#傍点]私の頭がおかしくなっている[#傍点終わり]というだけかもしれない。私は自分の精神を完壁に正常だと見なしている。自分の意識には歪みがないと思っている。しかし自分は完全にまともで、まわりの世界が狂っているのだというのが、大方の精神病患者の主張するところではないか。私はパラレル・ワールドというような突拍子もない仮説を持ち出して、自分の狂気を強引に正当化しようとしているだけではないのか。
冷静な第三者の意見が必要とされている。
しかし精神分析医のところに行って診察を受けるわけにもいかない。事情が込み入りすぎているし、話せない事実があまりに多すぎる。たとえば私がここのところおこなってきた「仕事」にしても、疑問の余地なく法律に反している。なにしろ手製のアイスピックを使って秘密裏に男たちを殺してきたのだ。そんなことを医師に打ち明けるわけにはいかない。たとえ相手が、殺されても文句の言えないような卑劣きわまりない歪んだ連中であったにせよだ。
もし仮にその違法の部分だけをうまく伏せることができたにしても、私が生まれてこのかた辿ってきた人生の合法的な部分だって、お世辞にもまともとは言えない。汚れた洗濯物を押し込めるだけぎゅうぎゅう押し込んだトランクみたいなものだ。その中には、一人の人間を精神異常に追い込むに足る材料がじゅうぶんに詰め込まれている。いや、二三人分は詰まっているかもしれない。セックス・ライフひとつを取り上げてもそうだ。人前で口に出せるような代物ではない。
医者のところには行けない、と青豆は思う。自分ひとりで解決するしかない。
私なりに仮説をもう少し先まで追求してみよう。
もし実際にそんなことが起こったのだとしたら、つまり、もし私の立っているこの世界が[#傍点]本当に[#傍点終わり]入れ替わってしまったのだとしたら、その具体的なポイントの切り替えは、いつ、どこで、どのようにおこなわれたのだろう?
青豆はもう一度意識を集中し、記憶を辿ってみる。
世界の変更された部分に最初に思い当たったのは、数日前、渋谷のホテルの一室で油田開発の専門家を処理した日だ。首都高速道路三号線でタクシーを乗り捨て、非常階段を使って二四六号線に降り、ストッキングをはき替え、東急線の三軒茶屋の駅に向かった。その途中で青豆は若い警官とすれ違い、その見かけがいつもと違うことに初めて気づいた。それが始まりだった。とすれば、おそらくその少し前に、世界のポイントの切り替えがおこなわれたということになる。その朝自宅の近くで見かけた警官は見慣れた制服を着て、旧式のリボルバーを携行していたのだから。
青豆は渋滞に巻き込まれたタクシーの中で、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』の冒頭を耳にしたときに経験した、あの不思議な感覚を思い出した。それは身体の[#傍点]ねじれ[#傍点終わり]のような感覚だった。身体の組成が、雑巾みたいに絞り上げられていく感触がそこにはあった。そしてあの運転手が私に、首都高速道路に非常階段が存在していることを教えてくれ、私はハイヒールを脱いでその危なっかしい階段を降りた。その階段を裸足で、強い風に吹かれながら降りていくあいだもずっと、『シンフォニエッタ』の冒頭のファンファーレは私の耳の中で断続的に鳴り響いていた。ひょっとしたらあれが始まりだったのかもしれない、と青豆は思った。
タクシーの運転手にも何かしら奇妙な印象があった。彼が別れ際に口にした言葉を、青豆はまだよく覚えていた。彼女はその言葉をできる限り正確に頭の中に再現した。
[#ここから1字下げ]
[#ここからゴシック体]
そういうことをしますと、そのあとの日常の風景がいつもとは少し違って見えてくるかもしれません。でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです。
[#ここでゴシック体終わり]
[#ここで字下げ終わり]
変わったことを言う運転手だと、青豆はそのとき思った。でも彼が何を言いたいのかよくわからなかったし、とくに深く気にはしなかった。彼女は先を急いでいたし、ややこしいことをあれこれ考えている余裕もなかった。しかし今こうして思い返してみると、その発言はいかにも唐突であり奇妙だった。忠告のようでもあり、暗示的なメッセージのようにもとれる。運転手はいったい何を私に伝えたかったのだろう?
そしてヤナーチェックの音楽。
どうしてその音楽がヤナーチェックの『シンフォニエッタ』であると、即座にわかったのだろう。それが一九二六年に作曲されたことを、私はどうして知っていたのだろう。ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』は、冒頭のテーマを耳にすれば誰でもわかる、というようなポピュラーな音楽ではない。そして私はこれまで、とくにクラシック音楽を熱心に聴いてきたわけでもない。ハイドンとベートーヴェンの音楽の違いだってよくわからない。なのになぜ、タクシーのラジオから流れてくるその音楽を耳にして、すぐに「これはヤナーチェックの『シンフォニエッタ』だ」とわかったのだろう。そしてどうしてその音楽が、私の身体に激しい個人的な揺さぶりのようなものを与えたのだろう。
そう、それはとても[#傍点]個人的な[#傍点終わり]種類の揺さぶりだった。まるで長いあいだ眠っていた潜在記憶が、何かのきっかけで思いも寄らぬ時に呼び覚まされたような、そんな感じだった。肩を掴まれて揺すられているような感触がそこにはあった。とすれば、私はこれまでの人生のどこかの地点で、その音楽と深く関わりを持ったのかもしれない。その音楽が流れてきて、スイッチが自動的にオンになって、私の中にある何かの記憶がむくむくと覚醒したのかもしれない。ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。しかしどれだけ記憶の底を探っても、青豆には心当たりはなかった。
青豆はあたりを見まわし、自分の手のひらを眺め、爪のかたちを点検し、念のためにシャツの上から両手で乳房をつかんでかたちを確かめてみた。とくに変わりはない。同じ大きさとかたちだ。私はいつもの私であり、世界はいつもの世界だ。しかし何かが違い始めている。青豆にはそれが感じられた。絵の間違い探しと同じだ。ここに二つの絵がある。左右並べて壁に掛けて見比べてみても、そっくり同じ絵のように見える。しかし注意深く細部を検証していくと、いくつかの些細なものごとが異なっていることがわかる。
彼女は気持ちを切り替えて新聞の縮刷版のページを繰り、本栖湖の銃撃戦についての詳細をメモした。五挺の中国製AK47カラシニコフ自動小銃は、朝鮮半島から密輸されたものではないかと推測されていた。おそらくは軍払い下げの中古品で、程度は悪くない。弾薬もたっぷりあった。日本海の海岸線は長い。漁船に偽装された工作船を使い、夜陰にまぎれて武器弾薬を持ち込むのは、それほどむずかしいことではない。彼らはそのようにして覚醒剤と武器を日本に持ち込み、大量の日本円を持ち帰る。
山梨県警の警官たちは、過激派グループがそこまで高度に武装化されていることを知らなかった。彼らは傷害罪——あくまで名目的なものだ——で捜査令状をとり、二台のパトカーとミニバスに分乗し、通常の装備でその「あけぼの」と呼ばれるグループの本拠地である「農場」に向かった。グループのメンバーは表向きはそこで有機農法による農業を営んでいた。彼らは警察による農場の立ち入り捜査を拒否した。当然のことながら押し合いのようなかっこうになり、そして何かのきっかけで銃撃戦が始まった。
実際に使われはしなかったものの、彼らは中国製の高性能手榴弾まで用意していた。手榴弾による攻撃がなかったのは、まだ入手してから間もなく、それを使いこなす訓練が十分におこなわれていなかったからだ。それはまことに幸運なことだった。手榴弾が用いられていたら、警察や自衛隊の被害はずっと大きなものになっていたはずだから。警官たちは当初防弾チョッキの用意さえしていなかった。警察当局の情報分析の甘さと、装備の旧さが指摘された。しかし世間の人々がいちばん驚愕したのは、過激派がまだそのような実戦部隊として存続し、水面下で活発に活動していたという事実だった。六〇年代後半の派手な「革命」騒ぎは既に過去のものとなり、過激派の残党も浅間山荘事件で既に壊滅したと思われていたのだ。
青豆はすべてのメモを取り終えてから、新聞の縮刷版をカウンターに返し、音楽関係の棚から『世界の作曲家』という分厚い本を選んで、机に戻った。そしてヤナーチェックのページを開いた。
レオシュ・ヤナーチェックは一八五四年にモラヴィアの村に生まれ、一九二八年に死んだ。本には晩年の顔写真が載っていた。禿げてはおらず、頭は元気のいい野草のような白髪に覆われている。頭のかたちまではわからない。『シンフォニエッタ』は一九二六年に作曲されている。ヤナーチェックは愛のない不幸な結婚生活を送っていたが、一九一七年、六十三歳のときに人妻のカミラと出会って恋に落ちた。既婚者同士の熟年愛である。一時期スランプに悩んでいたヤナーチェックは、このカミラとの出会いを契機として、旺盛な創作欲を取り戻す。そして晩年の傑作が次々に世に問われることになる。
ある日、彼女と二人で公園を散歩しているときに、野外音楽堂で演奏会が開かれているのを見かけ、立ち止まってその演奏を聴いていた。そのときにヤナーチェックは唐突な幸福感を全身に感じて、この『シンフォニエッタ』の曲想を得た。そのとき自分の頭の中で何かがはじけたような感覚があり、鮮やかな悦惚感に包まれたと彼は述懐している。ヤナーチェックは当時たまたま大きな体育大会のためのファンファーレの作曲を依頼されており、そのファンファーレのモチーフと、公園で得た「曲想」がひとつになって『シンフォニエッタ』という作品が生まれた。「小交響曲」という名前がついているが、構成はあくまで非伝統的なものであり、金管楽器による輝かしい祝祭的なファンファーレと、中欧的なしっとりとした弦楽合奏が組み合わされ、独自の雰囲気を作りあげている——と解説にはあった。
青豆は念のために、そのような伝記的事実と楽曲説明をノートにひととおりメモした。しかし『シンフォニエッタ』という音楽と、青豆とのあいだにどのような接点があるのか、あるいはどのような接点が[#傍点]あり得る[#傍点終わり]のか、本の記述は何ひとつヒントを与えてくれなかった。図書館を出ると彼女は夕暮れの近くなった街をあてもなく歩いた。ときどき独り言を言い、ときどき首を振った。
もちろんすべては仮説に過ぎない、と青豆は歩きながら考えた。しかしそれは今のところ、私にとってはもっとも強い説得力を持つ仮説だ。少なくとも、より強い説得力を持つ仮説が登場するまでは、この仮説に沿って行動する必要がありそうだ。さもないとどこかに振り落とされてしまいかねない。そのためにも私が置かれているこの新しい状況に、適当な呼び名を与えた方が良さそうだ。警官たちが旧式のリボルバーを持ち歩いていた[#傍点]かつての世界[#傍点終わり]と区別をつけるためにも、そこには独自の呼称が必要とされている。猫や犬にだって名前は必要だ。この変更を受けた新しい世界がそれを必要としていないわけはない。
1Q84年——私はこの新しい世界をそのように呼ぶことにしよう、青豆はそう決めた。
Qは question mark のQだ。疑問を背負ったもの。
彼女は歩きながら一人で肯いた。
好もうが好むまいが、私は今この「1Q84年」に身を置いている。私の知っていた1984年はもうどこにも存在しない。今は1Q84年だ。空気が変わり、風景が変わった。私はその疑問符つきの世界のあり方に、できるだけ迅速に適応しなくてはならない。新しい森に放たれた動物と同じだ。自分の身を護り、生き延びていくためには、その場所のルールを一刻も早く理解し、それに合わせなくてはならない。
青豆は自由が丘駅近くにあるレコード店に行って、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』を探した。ヤナーチェックはそれほど人気のある作曲家ではない。ヤナーチェックのレコードを集めたコーナーはとても小さく、『シンフォニエッタ』の収められたレコードは一枚しか見つからなかった。ジョージ・セルの指揮するクリーブランド管弦楽団によるものだった。バルトークの『管弦楽のための協奏曲』がA面に入っている。どんな演奏かはわからなかったが、ほかに選びようもなかったので、彼女はそのLPを買った。うちに帰り、冷蔵庫からシャブリを出して栓を開け、レコードをターンテーブルに載せて針を落とした。そしてほどよく冷えたワインを飲みながら、音楽に耳を澄ませた。例の冒頭のファンファーレが輝かしく鳴り響いた。タクシーの中で聴いたのと同じ音楽だ。間違いない。彼女は目を閉じて、その音楽に意識を集中した。演奏は悪くなかった。しかし何ごとも起こらなかった。ただそこに音楽が鳴っているだけだ。身体のねじれもなければ、感覚の変容もない。
音楽を最後まで聴いてから、彼女はレコードをジャケットに戻し、床に座り、壁にもたれてワインを飲んだ。ひとりで考え事をしながら飲むワインには、ほとんど味がなかった。洗面所に行って石鹸で顔を洗い、小さなはさみで眉毛を切り揃え、綿棒で耳の掃除をした。
私がおかしくなっているのか、それとも世界がおかしくなっているのか、そのどちらかだ。どちらかはわからない。瓶と蓋の大きさがあわない。それは瓶のせいかもしれないし、蓋のせいかもしれない。しかしいずれにせよ、サイズがあっていないという事実は動かしようがない。
青豆は冷蔵庫を開けて、中にあるものを点検した。この何日か買い物をしていなかったので、それほど多くのものが入っているわけではない。熟れたパパイヤを出して包丁で二つに割り、スプーンですくって食べた。それからキュウリを三本出して水で洗い、マヨネーズをつけて食べた。ゆっくりと時間をかけて咀噛した。豆乳をグラスに一杯飲んだ。それが夕食のすべてだった。簡単ではあるが、便秘を防ぐにはまず理想的な食事だ。便秘は青豆がこの世界でもっとも嫌悪するものごとのひとつだった。家庭内暴力をふるう卑劣な男たちや、偏狭な精神を持った宗教的原理主義者たちと同じくらい。
食事を終えると青豆は服を脱ぎ、熱いシャワーを浴びた。シャワーから出て、タオルで身体を拭き、ドアについた鏡に裸の全身を映してみた。ほっそりとしたお腹と、引き締まった筋肉。ばっとしない左右でいびつな乳房と、手入れの悪いサッカー場を思わせる陰毛。自分の裸を眺めているうちに、あと一週間ばかりで自分が三十歳になることをふと思い出した。ろくでもない誕生日がまためぐってくる。まったく、三十回目の誕生日をよりによってこんなわけのわからない世界で迎えることになるなんてね、と青豆は思った。そして眉をひそめた。
1Q84年。
それが彼女のいる場所だった。