障子《しようじ》、笑って!
テレビというのは、新らしい仕事のはずなのに、なんとも、トットにわからない、古い言葉が沢山《たくさん》あった。一番、びっくりしたのは、トットが、お座敷《ざしき》にすわってる娘《むすめ》で、すわっていると、いきなりディレクターが、
「障子、笑って!」
と、いったことだった。トットは仰天《ぎようてん》した。
(障子が笑うのかしら?)急いで、ふりむいて障子を見ていると、大道具さんが、二人お座敷に上って来て、あッ! という間に、障子をはずして、持って行ってしまった。
(折角、笑うとこ、見ようとしてるのに……)
トットは、心の底から、がっかりした。
それにしても、障子が笑うなんて、面白《おもしろ》いこと考えるディレクターだなあー、トットは、尊敬した。ところが、これは、
(障子は不要。はずして、持って行ってしまってくれ!)という意味なのだった。それを知ったとき、トットは、
(折角、笑うとこ、見ようとしてるのに……)と思ったのと同じくらい、がっかりした。
広辞苑《こうじえん》に、「笑う」が比喩《ひゆ》的には、
�つぼみが開くこと��果実が熟して皮が裂《さ》けること��縫目《ぬいめ》がほころびること�
などは、出ているけど、�片づける�とは、出ていなかった。
障子がどうやって笑うのか……と、トットが息をつめて、楽しみにしていたと、そのディレクターは、知らなかった。もし、知ったら、
「なんて、馬鹿《ばか》な子だろう」
と、思ったに決まっていた。でも、トットにとっては、テレビという新らしい世界だもの、障子だって、笑う仕掛《しか》けになっているのか、と思ったとしても、「それは、トットが馬鹿とは、いえないのじゃないか!」と、ひどく、がっかりしながら、トットは、障子が無くなった座敷の、まん中に、いつまでも、すわっていた。たしかに、それ以来、聞いてると、みんなは当然のように、
「ヤカン、笑って」「箪笥《たんす》、笑って!」「リンゴ笑って!」と、叫《さけ》んでいた。でも、トットは、そのたびに、ヤカンや、リンゴや、箪笥が、ケラケラ笑うところを想像して、一人で、(ああ、面白いなあ)と、思うのだった。