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トットチャンネル43
日期:2018-10-14 19:15  点击:288
 ヤン坊《ぼう》 ニン坊 トン坊(㈵)
 
 NHK始まって以来、最初の、大がかりな、「オーディション」というものが行われることになった。「オーディション Audition」今では、テレビでも、劇場でも、映画でも、出演する人を審査《しんさ》するとき使われる、この言葉も、もともとは、ラジオのための、ものだった。
 広辞苑《こうじえん》によれば、「放送番組の試聴《しちよう》。また、歌手・俳優などを登用する際の聴取テスト」英語の字引きにも「聴力。歌手の試験。歌手、放送員の聴取審査。また審査すること。受けること」とあり、語源的には、�聴《き》く�ことから始まったもののようだった。当時としては誰《だれ》にとっても、全く、初めて聞く言葉だった。
 ある日、「オーディションがあります。ラジオの第二スタジオに集って下さい」という伝票が、トット達《たち》五期生の女性|宛《あて》に、配られた。(なんのことだろう?)とにかく、当日、トット達が第二スタジオに行くと、もう、かなり沢山《たくさん》の、女優さんらしい人が、来ていた。一つのグループは、十人くらいで、それは、文学座の人達だった。
「ほら、あの目の大きい人が、岸田《きしだ》今日子《きようこ》さんよ」と、五期生の誰かが、小声で話していた。他《ほか》にも、いろいろな劇団から、とか、個人で、とか、若い女優さんが、沢山、来ていた。NHKの人の、簡単な説明が始まった。
「NHKでは、戦後、子供も大人も一緒《いつしよ》に聞ける連続番組に力を入れて来ました。まず、アメリカの占領下《せんりようか》では、CIE(民間情報教育局)の要請《ようせい》で、浮浪児《ふろうじ》たちが元気で生きていく物語『鐘《かね》の鳴る丘《おか》』占領が終ってその後《あと》が、古川緑波《ふるかわろつぱ》主演で、楽しい『さくらんぼ大将』そして、この四月からは、全く新らしい番組を始めることになりました。題名は、
『ヤン坊 ニン坊 トン坊』
 これは、インドの王様から、中国の皇帝《こうてい》に献上《けんじよう》された、三|匹《びき》の白い高貴な子供の猿《さる》が、中国を抜《ぬ》け出して、故郷のインドにいる両親の許《もと》に帰るまでの、冒険《ぼうけん》物語。歌が沢山はいった、楽しい、夢《ゆめ》のある放送劇です。そして、このオーディションの最大の目的は、
『大人《おとな》で子供の声の出せる人』
 という事。作者の飯沢匡《いいざわただす》先生は、子役を使わずにやりたい、脚本《きやくほん》を、本当に理解し、感情を表現して演じる、ということは、子供には難かしいし、スタジオで、学校の宿題をやったりしてるのを見るのは、子供が気の毒でたまらない。まして、これは、ナマ放送の上に、歌が何曲もあるので、子供には無理だろう、と、おっしゃってます。それで、今までに、ないことですが、大人の女性の皆さんに、男の子の声を出して頂いてみることにしました」
 それまでは、ほとんど、子供の声は、子供に限っていた。それを、大人で子供の声を出せる人を探して、やってもらう。そういう事だった。今では、アニメ映画や、外国映画のアテレコに大人が子供をやるのはあたりまえで、むしろ、本当の子供がやるのが珍《めず》らしいくらいだけど、そのときのNHKでは、「これは、大冒険で、かなりの反対もあったけど、飯沢匡先生の強い希望であるので、イチかバチか、やってみようと思う」ということも、その人は、つけ加えた。なお、役に合った声が必要なので、審査員になまじ、顔を見せないほうがいい、という事で、ガラス箱《ばこ》のむこうの副調整室と、マイクの前に立つ女優とは、厚い木の、ついたてが、遮断《しやだん》した。
 審査員には、作者の、飯沢匡先生、作曲の、服部正先生、トット達五期生のラジオ・ドラマの先生でもあるNHKの演出家の中川忠彦先生。そして、直接、この番組を演出することに決まった教養部の中村文雄さん、飯沼一之《いいぬまかずゆき》さん。プロデューサーの入江俊久さん、と、知らされた。勿論《もちろん》、トットは、中川先生以外、その中の、誰一人として、逢《あ》ったことは、なかった。
 歌の譜面《ふめん》と、三ページ分くらいの、セリフのやりとりを書いた台本が渡《わた》された。歌の伴奏《ばんそう》のために、女の人が、ピアノの、前に、すわった。NHKの人は、だいたいの見当で、
「あなたは、一応、ヤン坊をやってみて下さい」とか、
「ニン坊から、やってみて下さい」とか、決めた。トットは、「トン坊」を、やりなさい、といわれた。
 三匹の白い子猿の性格は、テーマソングで、表現されていた。
※[#歌記号、unicode303d]ヤン坊 ニン坊 トン坊
 しっかりものの ヤン坊
 あばれん坊の ニン坊
 かわいいチビ助 トン坊
 トットは、子供の声なんて出してみたことはなかったけど、台本を読んでみると、自然に出るような気がした。そして、トットが、とても気に入ったのは、小さいトン坊が、ねるとき、誰も歌ってくれないので、自分で、自分を眠《ねむ》らせるための「子守唄《こもりうた》」を歌うとこだった。
※[#歌記号、unicode303d]トン坊 トン坊 おやすみよ
 トン坊 早く おやすみよ
 ニッコリ ニッコリ お月様
 風と馳《か》けっこ 白い雲
 押《お》しくらまんじゅうの お星様
 眠れば みんな お友達
 遊びましょうよ と 待っている
 トン坊 トン坊 おやすみよ。
 服部正先生の子守唄のメロディーは、美しく、哀《かな》しく、優《やさ》しかった。
 トットは、そのとき、ふと、パパのことを想《おも》った。小さいとき、いつも寝《ね》つくまで、トットに、子守唄を歌ってくれたのは、パパだった。ヴァイオリニストにしては、音程が不確かだったけど、いつまでも歌ってくれた。少し大きくなってからは、寝つくまで、ベッドのそばで、童話や、世界の名作……「クオレ」だとか「小公子」だとか「家なき子」といったものを読んでくれたのも、パパだった。あまり上手な読みかたでは、なかったけど、毎晩、読んでくれた。
 オーディションは能率よく、すすんでいた。

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