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トットチャンネル49
日期:2018-10-14 19:21  点击:270
 「終《おわり》」
 
 
 テレビの化粧室《けしようしつ》で、メーキャップしてるトットの、まわりに、突然《とつぜん》、人がバタバタと走って来て、うわずった声で、
「鍵《かぎ》、なかった? この辺に、鍵?!」
 と叫《さけ》んだ。なんだかわからないまま、トットも立ち上って、一緒《いつしよ》に探したけど、鍵は、なかった。
「いやあ、困っちゃったなあー」
 悲鳴のような声を残して、男の人達《ひとたち》は、また、バタバタと、どこかに走って行ってしまった。
(なんの鍵かな?)
 トットは、鏡の中の自分の顔を見ながら、思っていた。
 丁度、このころ、下のテレビのスタジオの中は、大さわぎだった。この番組は、トットが出るものではなくて、たったいま、ナマ本番に入ったところだった。その一番最初のシーンで、刑事《けいじ》が、犯人の手に、いきおいよく手錠《てじよう》をかけた。用心のために、刑事は、自分の手首にも手錠をかけ、犯人と繋《つな》がるようにした。そして、それから、ドラマが展開し、犯人には、犯人の留置場や、面会室の生活があり、刑事には、刑事で、家庭や、取調室の生活がある、という風に、いくはずだった。ところが、どういうわけか、刑事が、
「ガチャ!!」
 と、手錠をかけたまでは、よかったんだけど、なんと、それを外す、鍵が、どこにも見つからない、という、考えてもいないことが、起ったのだった。リハーサルの時は、ちゃんと刑事の役の人が、ポケットの中に入れてたんだけど、途中《とちゆう》で衣裳《いしよう》を替《か》えたり、いろんな事をしてるうちに、本番になり、「ガチャ!!」と、やってみたら、鍵が、どこにも、なかった、ということなのだった。トットのいる化粧室に走って来た人達は、その鍵を探していたのだった。
 ひっぱったり、いじったり、すればする程《ほど》、手錠は、くいこむ。時間は、どんどん経《た》つ。仕方なく、刑事は、犯人の留置場に、一緒に、くっついて行った。そして、なるたけ、カメラに入らないように、犯人に、くっついたまま、出来るだけ体を丸めて、うずくまった。そして、次のシーンは、刑事が、仕事が終って、家に帰ったところ。刑事が玄関《げんかん》を開ける。
「ただいま」
 男の子が、とび出して来る。
「お父さん。お帰りなさい!」
 ところが、お父さんの隣《とな》りには、犯人が、これまた、体を、ちぢこめて、くっついている。子供は正直だから、怪訝《けげん》そうな顔をする。そうして、楽しい晩御飯《ばんごはん》。
「お父さん、今日は、どうでした?」
 妻が、御飯を、よそいながら聞く。それも、なるべく犯人を、見ないようにして。犯人は、畳《たたみ》に、はいつくばるようにして、写らないようにしている。
「ああ、いろいろ、あってね……」
 犯人の利《き》き腕《うで》の右手と、刑事の左手とが、繋がっているので、刑事は、お箸《はし》は持てるのだけど、御飯がたべられない。お茶碗《ちやわん》を、お膳《ぜん》に置いといて、御飯をつまむ、というのも不自然だ。仕方なく、オタクワンなど、やたらにボリボリと喰《た》べ、あとは、お茶を飲むばかり。話は、一向に、はずまない。そして、シーンは、また、留置場に、変わる。夜、ねむれない犯人は、寝《ね》がえりを、くり返す。そのたびに、刑事も、ひきずられて、ゴロゴロと、あっちに行ったり、こっちに行ったり。どんなに、カメラさんが頑張《がんば》っても、まるっきり片方が写らないようには、撮《と》れっこない。テレビを見てる人にとっては、一体、「なんで、いつも二人が一緒にいるのか」さっぱり、わからないに決まっている。
 ということで、このドラマは、始まって、五分も経ないうちに、誰《だれ》かが、カメラの前に、
「終」
 の紙を、おっつけて、終ってしまった。
 このころ、「終」と書いたエンド・マークのカードは、スタジオの、いろんな所に落ちていて、いよいよ困ると、誰かが、それをカメラの前に、おっつけて、おしまいにしちゃうことが、よくあった。
 結局、鍵は見つからず、手錠を借りた会社から人が来て、やっと外した、という話を、次の日、トットは、F・Dさんから聞いた。
 家族と楽しく晩御飯を喰べてるはずの刑事の横に、犯人が、恐縮《きようしゆく》しながら、ちぢこまってる姿を想像すると、トットは、(気の毒だな)とは思いながらも、おかしくて、おかしくて、いつまでも、笑っていた。

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