島の冬
久しぶりに素もぐり漁に出る。
こちら(渡嘉敷島)の海は、一年を通してもぐれるが、さすが一月、二月、日中の気温は二十度をわることがしばしばあり、喜び勇んで海に入るというわけにはいかない。エイ、ヤーと気合を掛ける気分で、海に入る。
いっしょの、島の漁師ナカイさんは、ことのほか寒がり屋で
「冬の海は魚がおらんのよ」
と、あまり乗り気でない。
いったん海に入ってしまうと、気温より海水の温度の方が高いので、あんがい楽だ。
ナカイさんの言葉に反して、魚はたくさんいた。まずまずの仕事になった。
ナカイさんは、変だなあ……なんていっている。
サンゴの白化現象が気になるので、かなり気をつけて、その状態を見ている。テレビで報道されているほどひどくはない。島中の海をもぐったわけではないので、確かなことはいえないが、報道写真はどうしてもその部分に集中しがちなので、実際よりひどく映るのではないか。
しかし、海の異変は確かにあった。
とった魚ブダイをさばいていたら、ナカイさんが、あれえ、といった。
「今ごろ、卵を持っている」
この時期、キモに脂が乗っていても、卵は抱いていないそうだ。
「やっぱり海がおかしいのかな」
とナカイさんはいった。
その生態に乱れが生じているとしたら、やはり心配である。
その夜、もあい(頼母子講《たのもしこう》)があるので、親代わりをしてもらっている當山清林さんの家へいった。
娯楽の少ない島は、もあいがなによりの楽しみなのである。
日常のあれこれを語り、酒(泡盛)が出て、ジョークとちょっと助平な話が出て、三線《さんしん》となる。今夜の弾き手漁師のシゲルさんは酔っぱらって、ちゃんとおしまいまで弾けなかった。それもまた笑い話の種になる。
なにも知らない人が、そんな風景を見ると、底抜けに明るい人たちに映るだろう。
しかし、人間の暮らしに、いいことばかりはない。
もあいの仲間の一人長老のシンペイさんは、さっと吹いてきた風のように先月|逝《い》った。
数少ないもぐり漁師のもう一人の相方マコトさんはがんに冒された。歯痛が治らないといっていたら、がんだった。
顔の半分をとってしまうほどの大手術を受けた。
「オレよりもっとひどい人もいるからね。がんばろうと思うよ」
そういっているマコトさんに会ったら、涙が出た。今、病院で、片目で魚を突く練習をしている。
農業のクノ君には、野菜を全滅させた上、ニワトリまで卵を産まなくなるというピンチがきた。
でも、誰一人へこたれない。島の人を見ているとわずかばかりの原稿でひいひいいっている自分はまだまだだと思う。
島の冬の夜、どこかあたたかい風が吹く。