1 ネズミとヨット
夏休みがきた。
処理所の子どもたちにも夏休みがきた。子どもたちのいない学校はきゅうにほこりっぽくなり、古い城のようにカビくさくなった。はんたいに処理所は猛暑のために、ゴミが発こうして、処理所全体がまるで温室の中のようにむし暑かった。
そんななかでも子どもたちは元気に遊んでいた。
小谷先生から鉄三に手紙がきた。バクじいさんが読んでやった。
——てつぞうちゃん、げんきにしていますか。せんせいはてつぞうちゃんがげんきかどうか、とてもきにかかります。おたまじゃくしにえさをあげていたてつぞうちゃんをおもって、げんきにきまってる、とじぶんにいいきかせています。せんせいはとてもげんきです。もういちど、がくせいにかえったつもりで、うみややまでまっくろになってあそんでいます。もうすぐ、てつぞうちゃんにあえますね。せんせいはたのしみにしています。
「よい先生じゃのう」
と、バクじいさんはいったが、鉄三はキチという犬をだいて知らん顔をしていた。
鉄三の家の前は、すこし広っぱになっているが、いまも功《いさお》、芳吉、純、四郎、武男などがキャッチボールをしていた。
四郎の投げたボールを、純がうけそこなって、ボールはどぶに落ちた。どぶといっても、かなり大きな下水で、すぐ運河につながっている。純はあわてて、そこへもぐりこんでいった。まっ黒な顔をしてはい出てきた純の手に、ボールはしっかりにぎられていた。
ボールを投げかえして純はいった。
「どぶの中に、銀色の目をしたネズミがおるでえ」
「うそつけ」
と、いいかえされて、純は腹を立てた。
「うそやと思うのなら自分の眼で見てこい」
それでみんな、どやどやとどぶの中へもぐりこんでいった。
はじめ四郎が出てきて、つぎに功が出てきた。そして顔を見合わせて、ため息をついた。
「ほんまやなあ。あれ、ネズミの親分やで」
キャッチボールどころではなくなった。なんとか生けどりにしたいと、みんな思った。子どもたちはしばらく相談していたが、じきちっていって、つぎにあつまってきたときには、それぞれ、金網、ざる、針がね、ゴムひもなどをもってきていた。
いちばん後から、半分泣きべそをかいた四郎がかけてきた。手にチーズをもっているところをみると、家の者にしかられながら、むりにもち出したのだろう。ネズミのえさにするらしい。
子どもたちはきような手つきで、たちまちにネズミをとるしかけをこしらえた。
「鉄ツン、ここをもっとけ」
鉄ツンというのは鉄三のことである。鉄三も手伝わされて、チーズはひもでしっかり結わえられた。ネズミがすこしでもそれを引っぱると、上から金網が落ちてくるようになっている。
しかけをおくために、ふたたび純がどぶの中にもぐっていった。
「銀色の目のネズミが、あのえさに食いつくとはかぎらへんで」
と功がいった。
そらそうや、とみんな心配した。
「銀色の目のネズミは親分にきまっとる。うまいもんは親分が先に食うやろ」
どぶから出てきた純がいって、みんなうなずいた。子どもたちは汗と土で顔をよごして、まるで泥水につけた古い地図のようだったが、だれも気にするものはいなかった。
目玉をぎょろぎょろさせて一時間ほどまった。まちかねて、みんなでもぐっていった。
一年生の鉄三だけが上からのぞいていた。
「あかん」——といって、みんなぞろぞろ出てきた。
かなりじょうぶなひもだったのに、ぷっつり、とちゅうでかみ切られている。
「引っぱらんとかみ切りよったァ。えらいかしこいやっちゃなァ」
芳吉が感心していった。
「おまえとだいぶちがうな」
と功がいったので、芳吉は口をとがらせて、なんどい、といった。
こんどは針がねでつりばりを作ることにした。えさの位置を高くして、ネズミが前足でかかえこまないと食べられないように調節した。このようにして子どもたちのチエのかたまりは、ふたたび、どぶの中へかえされた。
「どうや鉄ツン、うまいこといくと思うか」
と、純が鉄三にたずねてやった。
「う」
短くうなるように、どうとっていいのかわからないような返事を、鉄三はした。いつものことなので純たちは平気だ。この仲間は話しかけることで、口数のすくない鉄三をいたわっていた。
子どもたちは日かげで、丸い輪になってすわった。まっているあいだ、ほかの遊びをしようという気はなく、おたがいが銀色の目のネズミのことを、眼で話し合っていた。
そのうち、この仲間でたったひとり本をよく読む純が、シートンの狼《おおかみ》 王ロボの話をはじめた。猟師たちのワナにつぎつぎ挑戦するロボを空想して、子どもたちは背すじをぞくぞくさせた。
その興奮はそのまま自分たちが、いま、とらえようとしている銀色の目をしたネズミにつながって、胸がどきどきした。
「もうええやろか」
四郎がかすれたような声でいった。子どもたちはうなずいたものの、その気持は複雑にゆれた。銀色の目のネズミがとらえられることをのぞんではいるものの、そうかんたんにとらえられるようではこまる。それは、もっとしたたかで、手《て》強《ごわ》い相手でなくてはならなかった。
純が先頭で、どぶの中へもぐっていった。ぴしゃぴしゃと水をける音がして、みんなはだまりこくっていた。
「やった!」
純はかん高い声でさけんだ。みんな、どきっとした。いっせいにかけよって、しかけに手をふれた。体あたりをくれるネズミの重さが、子どもたちの手にじかにきた。だれの胸もわくわくした。
(こら大っきい、こらネズミの親分にちがいあらへん、こいつやこいつや、銀色の目のネズミにまちがいあらへん)
どの子どもたちも気持がたかぶって、のどがからからにかわいた。
「目、光っとるか」
功がいって、みんな暗闇をすかして見た。五ミリぐらいの銀の玉がなかよく二つならんで闇の中をはねまわっていた。
芳吉がしんぼうできなくなって、かん声をあげた。うおーんと子どもたちの声が、せまいトンネルの中にひびいた。
ころがるようにして出てきた子どもたちは、この偉大な王様をていちょうに迎えるべく、頭の上にかかげて、わっしょいわっしょいとかけだした。
鉄三にだかれていたキチは、それを見るとぴょんとはねて、後をおった。鉄三もかけた。
処理所の西のはしに、かれらの御殿がある。古い材木を組み立てて作ってあるのだが、なかなか子どもとは思えないできばえで、子どものそういう遊びには無理解なおとなも、ここばかりはお目こぼしとなっている。
処理所の中ではここがいちばん涼しい。
子どもたちはそこを基地と呼んでいる。いたずらをするときの根拠地でもあり、しかられて家をほうり出されたときの仮りのすまいでもある。
ネズミの王様はそこまでつれてこられた。子どもたちはこわれものでもあつかうように、おそるおそるかごをおろした。
子どもたちが、それをとりかこんだ。眼が集中する。神さまが姿をあらわしたのだ。子どもたちの熱い視線で、神さまは焼き殺されそうになった。
しばらく時間がたった。
さいしょに純が腰をおろした。それから武男がすわって、純を見た。純も武男も同じ眼をしていた。
ふたりはなにもいうことがなかった。功と四郎も力なくすわった。
いつまでもながめていたのは、芳吉と鉄三で、そのうち芳吉はまのぬけた質問をした。
「どぶの中では銀色の目玉をしていたのになァ。なんでやろ」
うんざりして、返事をするのもいまいましいという顔つきで功がこたえた。
「あほたれ、暗いところで光があたれば、動物の目は光るようになっとんじゃ」
だれも純を非難しなかった。だが、からだの力がいっぺんにぬけてしまったのか、みんなぽかんとして空を見あげていた。
しばらくして四郎がいった。
「こいつ、どないしよう」
「殺してしまえ」と芳吉がいった。
そのとき、まだネズミを見ていた鉄三がひくい声でいった。
「かわいそうや」
「そやな」
と純はいって、芳吉の頭をぽんとたたいた。
「ネズミやから、このままにがしてやるわけにはいかんし……」
純はこまってみんなの顔を見わたした。
「川に流してやろ」
と功がいって、みんなさんせいした。
それから、子どもたちはしかけを作ったときと同じ熱心さで、小さな木の箱をこしらえた。すぐに、うえ死にしないように箱の中にチーズを入れた。
子どもたちは広い運河まで出て、そこからネズミを流した。石にぶつからないように気をつけて流した。
*
鉄三たちがそんなことをして遊んでいるとき、小谷先生はヨットにのって海の上にいた。小谷先生はこの夏休み、夫とけんかをするくらい遊んでばかりいた。
あのつらい四カ月をわすれようとしているのかと、小谷先生自身がふしぎに思うくらい遊びほうけていた。
どちらかというと、これまでの小谷先生はまじめなタイプの生活で、生まれた家が医院だったせいもあって、外へ出て遊ぶよりは家で読書をしているほうが多かった。大学生のとき友だちと旅行をしたことが、ただ一つ自由な遊びといえばいえるくらいのものだった。
ぐれるということばがある。とちゅうから心がかわって悪くなるという意味であるが、どうやら小谷先生は四カ月のつらい教師生活のために、かわいくぐれているのかもしれない。
小谷先生は夏休みになると、すぐ同僚の先生たちと岐《ぎ》阜《ふ》の長《なが》良《ら》川にいった。岐阜からかえって、すぐ北アルプスの笠ガ岳に登った。八月にはいると、小谷先生は学校や家の仕事をあたふたとかたづけて、こんどは海へいった。和歌山県にあるアメリカ村は白いしっくいと黒いカワラの帽子をかぶった美しい漁村だった。
そうして遊んでいても、どこかものたりないものを小谷先生は感じるのだった。学生時代はどんな遊びをしてもたのしかった。でも、またすぐ、遊びにいこうという気にはならなかった。いまはちがう。たのしくなくても、またすぐ、どこかに遊びにいこうとする。どうしてなんだろう。
そして、またヨットにのってしまった。もう夏休みがおわろうとしているのに——
ヨットにのっていて一つふしぎなことがあった。兵庫県にある家《え》島《じま》群島を出て、姫路の室津港へ航行しているときだった。ちょうどなかほどまできたとき、海の上になにか黒いものが浮かんでいるのに気がついた。ヨットを寄せてひろいあげてみると、それは三十センチくらいのカメであった。大きさと形から、海のカメでないことはだれの眼にもはっきりしていた。どうしたのか右腹が五センチくらいさけていた。しかし、傷はだいぶいえていたので命にべつじょうはなさそうだ。なぜ海に出たんだろう、どこへいこうとしていたのだろう。
海にかえしてやると、カメは首をぴんと立て、手足をゆらゆら動かして泳いでいった。この広い海でそれはなんとなくおかしな動作だった。しかし、おかしいのでよけいカメのしんけんさに胸うたれた。