18 おさなきゲリラたち
ひるの三時ごろのことだった。
功と芳吉が血相をかえてとんできた。
「鉄ツン、キチがとられた! キチが犬とりにとられたんや」
ハエの記録をとっていた鉄三はいっしゅん功の顔を見た。それから、とぶようにはねるともうれつなスピードでかけだした。
「こらまて、鉄ツン」
鉄三のどこにそんな敏しょうさがあったのだろう。
功はあわてて鉄三の後をおった。処理所の門の前で、やっと鉄三をつかまえた功はぜいぜいとのどをならしながらいった。
「落ちつけ鉄ツン。おまえひとりで犬とりのところへいったって、どうするんや。相手は小谷先生とちゃうねんぞ。かみついたって泣いてくれる相手とちゃうねんぞ」
功はおどかしたが、鉄三はつかまえている功の手をふりはなそうともがいている。
「鉄ツン、ようきけ」
功は鉄三の肩を力まかせにゆすった。
「おまえはまだ小さいんや。おれらにまかせとけ、な、鉄ツン。かならずキチをとりもどしたるから、な」
鉄三はやっとからだの力をぬいた。
芳吉がふたりにおいついてきた。
「おまえら、はやいなァ」
ふうふう肩で息をしている。
「おまえがおそいんじゃ」
ドジなやつめという感じで功がいった。
「芳吉、おまえ、いそいでみんな集めてこい。鉄ツンもいってこい」
ふたりがかけだしてから、功は地べたにすわりこんで、しんこくな顔をしてなにか考えていた。
「ほんまにキチ、とられたんか」
まっさきに純がとんできた。
「うん、純、おまえええとこきてくれた。ちょっとおれの考えをきいてんか」
処理所の子どもの中では純がいちばんの知恵ぶくろだ。功はキチ奪回計画を純にひそひそ話している。
しばらくすると、みんなあつまってきた。しげ子だけ親せきにいっているとかでるすだった。
「キチがいなくなったら鉄三ちゃんがかわいそうやんか」
みさえが泣きそうな顔をしていった。
「そやからキチをとりもどすんじゃアホ」
と純はえらそうにいった。
「みんなこっちこいや」
功は、ひとりひとり役わりをきめた。それから地面に地図をかいて、こまかいところまで打ち合わせをしているようだった。
しばらくして、みんなちらばっていった。つぎにあつまったとき、それぞれ、ぶっそうなものをもっていた。まるで戦争にいくようであった。のこぎり、ハンマー、バールと呼ばれる鉄の棒、かなづち、くぎぬきなどで、学校の先生が見たら気絶をするところだろう。
子どもたちが処理所を出発したとき、野犬狩りの吏員たちは、商店街の裏通りで仕事をしていた。運転手をいれて三人の組だった。
軽トラックの荷台に太い木でこしらえた大きな箱のような檻《おり》がつんであった。一センチくらいの太さの棒が十センチの間かくでならんでいる。
中に、七、八匹の犬がとらえられていて、キャンキャンとかなしそうにないていた。
功たち一行はものかげにかくれて、じっとそれを見ていた。鉄三がとびだしそうになるのを功や純たちはひっしでとめなくてはならなかった。
たくさんの犬のなき声だったが、鉄三にはキチのなき声がわかるのだろう。
「鉄ツン、もうちょっとのしんぼうやで」
徳治が同情していった。鳩を飼っているので鉄三の気持がよくわかるのだ。
「きた!」
四郎がするどい声でいった。
一頭の赤犬がおい立てられて、気のくるったようにかけてきた。まち受けていた捕り方は白く光る金属線をかざして、犬にせまった。
赤犬ははねた。それよりいっしゅんはやく白い光が宙におどった。子どもたちにはそれがいなびかりのように見えた。空中で一回転した赤犬は、さかさまの姿勢で地面にたたきつけられるように落ちてきた。
男はなれた手つきで、すばやく金属線を引いた。犬の首にがっしりと白く光るものがくいこんでいる。「グゲェ」と赤犬は気味のわるい声をあげた。
犬の目はまっ赤に血走っていた。そして、だれかにすくいをもとめるように、あちこちを見た。
男はさらに金属線をしめあげ、赤犬を宙につるした。犬は後足をはげしく動かした。むなしく空をけるのだった。前足をそろえジャンプするようにからだを動かした。いっそう金属線がのどにくいこむ。
赤犬は苦しそうにもだえた。それから、小便とフンをだらだらともらした。
功や純は青い顔をしている。ふたりとも鉄三がとびださないように、かれの肩をがっしりとおさえている。
キチもああしてとらえられたのだろうか。
鉄三の気持を思うと、みんな、たえられない思いだった。
「しんぼうせえよ鉄ツン、しんぼうせえよ鉄ツン」
と功はうわごとのようにいっている。さきほどから功はびんぼうゆすりをしている。興奮したときのくせなのだ。
赤犬はつるされたまま、檻の中へいれられた。新入りの犬がくると、中の犬はいっそうけたたましくないた。男たちはひと息いれるつもりかタバコをとりだした。
「いまや、いけ」
と功がひくい声で命令した。恵子とみさえが立ちあがった。
「しっかりやってこいよ」
純が心配そうに妹にいった。
恵子とみさえはしっかり手をつないでいる。すこし緊張しているが、それでも落ちついた足どりですたすた歩いていった。
ふたりはタバコを吸っている男たちの前にきた。
「おっちゃん」と恵子の方が声をかけた。
「あたいら野良犬たんとおるとこ知ってんで」
男たちはけげんな顔をして、ふたりを見た。子どもが協力してくれることなどまずないのでびっくりしていた。
「この道、まっすぐいったらゴミの処理所があるやろ。そこへ犬が残飯をたべにくるのんや。居ごこちええから、住みついてしもとんや」
「わるいことするから、うちのおかあちゃんがつかまえてというとったで、おっちゃん」
と、みさえもいっしょうけんめいしゃべっている。
「案内したげるからいこ」
「ほんとかいな」
ひとりの男がぼそっといった。
「なんでうちがうそいわなあかんねん。ひとがせっかく教えにきたっとんのに……」
恵子はつんとした。なかなか名演技だ。
「すまんすまん、ほな、おっちゃんにその場所教えてんか」
いちばん年配の男がいった。
「いこ」と恵子は先に立って歩き出した。
軽トラックも動き出して、功の計画通りにことがはこびそうだった。
功たちはみつからないように車の後をつけた。
処理所に近くなると、恵子はいった。
「おっちゃん、車は処理所のうらにおいとき」
処理所のうらは人通りがない。襲撃するのにぜっこうの場所なのだ。
「そうか」
野犬狩りの吏員たちは、すなおに車をおいた。そこまではうまいぐあいにいったのだが……
「野犬はどこにおるんや」
「土管の中やねん」
「土管の中に犬がおるのんか」
「きっとそこが安全なんやろ」
恵子は口から出まかせいっている。
恵子とみさえについてきたのは三人のうちのふたりだった。運転手は運転台に残ってタバコをふかしている。
「なにしとんや、恵子は」
かくれてみていた功はいらいらしてさけんだ。
「ひとりでも残したらなんにもなれへん。あのぼけなす」
恵子はひっしだった。ひとり残っている。どうしよう、どういったらいいだろう、恵子は頭が痛くなるほど考えた。
とつぜん恵子はうしろ向いてぱっと走った。運転手のそばへきていった。
「おっちゃん、おっちゃんもこなあかん」
「なんでや、おっちゃんは犬をとらへん。車を運転するのがおっちゃんの商売や」
「そやかて、土管の中は広いねんで。おっちゃんかて通せんぼくらいはできるやろ。ふたりだけやったら、犬にげてしまうで。はよおいで」
恵子はごういんに運転手の手を引っぱった。
「かなわんな、この子」
しぶしぶだったが運転手はついてきた。
「やった」
功はよろこんでこおどりした。
「さすがおれの妹」
功はじまんしたが、今回はだれも文句をつけなかった。
恵子は三人の男に、土管の入口を教えた。
「なんやこれ、下水道やないか」
「こんなとこへもぐるんかいな」
運転手はなさけなさそうにいった。
「ほんとにこんなとこに犬がおるんか」
「なにをいうとんおっちゃん、野良犬の巣やから一匹や二匹とちゃうねんで。四、五匹かたまってんねんで。ちょっとくらい苦労せなあかん、いこ」
恵子はみさえといっしょにいちばん先に土管の中へはいっていった。
男たちもしかたなしについてきた。
「くさいなァ」
ぶつぶついっている。
「おったァ、おっちゃんあっちににげたァ」
と、恵子はデタラメをいっている。
男たちはあわてて、どたどたかけた。せまくて暗いので思うように走れない。
「おっちゃん、あっちやあっちや」
男たちはひいひいいいながら走っている。
「おそいなあ、おっちゃんらは」
「あ、あっちににげたァ」
みさえまで、ちょうしにのってさけんでいる。
一方、功たちは男が土管に消えてしまうとかん声をあげて、犬の檻におそいかかった。バッタのように自動車にとびついた。ハンマーで天井をぶちやぶるもの、バールで鉄のサクをこじあけるもの、側面をのこぎりで切るもの、小さい鉄三も浩二もひっしでかなづちをふるっている。
いつもはのろまな芳吉だが、こういうときはからだが大きいだけに役に立つ。さいしょ天井に穴があいた。あっというまに側面にも大きな穴があく。
「キチ!」
鉄三が大声でさけんだ。しっぽをくるったようにふってキチは鉄三にとびついた。
「キチ、キチ、キチ」
と、鉄三はキチをだきしめた。キチは鉄三の顔をベロベロなめた。
功が天井の穴から檻の中にはいった。
「ついでにおまえらもにがしてやる。そら行け、はよにげろ」
犬たちははねまわり、とびまわってよろこんだ。
数分の後、犬は一匹もいなくなった。かわりに数十分の後、処理所の子どもたちは全員、警察につかまっていたのだった。
足立先生ら、子どもたちの担任が教頭先生といっしょに警察にかけつけた。
教頭先生が代表してあやまっている。
「あんたら、どんな教育してんねんや」
野犬狩りの吏員はかんかんだ。
泥だらけのところをみると、まだ土管にもぐったときのままらしい。
「この子の担任はだれや」
恵子がおし出された。
「ぼくです」
折橋先生はのっそりといった。
「どういう子やこの子は」
「どういう子いうてべつに……頭のええかしこい子ですワ」
「そら、かしこいやろ」
男はぶりぶりしながら、恵子のだましっぷりを説明した。そばで足立先生は笑いをかみ殺すのに苦労している。
「ほんまに末恐ろしい子やで」
恵子はひとり悪者にされているらしい。
六年生の功から一年生の鉄三まで、ずらっと一列にならばされている。
功はよこを向いて知らん顔をしている。芳吉は平気で鼻クソをほじくっていた。多少、神妙な顔をしているのは純くらいのもので、後はみな、勝手気ままな顔をしている。
「ぜんぜん反省してまへんな」
よく太った警察署長が、吏員のてまえ大声でいった。
「浩二くん、はやくおじさんたちにあやまりなさい」
村野先生はいらいらしていった。
「おまえらアホやな。キチを返してほしかったら注射して鑑札受けたらすむことやろ」
と、足立先生はいった。
「そんなお金あらへんわい」
功が投げすてるようにいった。
「そらそうやな、そらそうや」
足立先生はあっさりひきさがった。どうもたよりない。が、足立先生は功にそういわそうとしているようなふしがある。
「ま、いっぺん車を見てください」
署長が中庭においてある車を指さした。
「うへぇー。こりゃまた派手にやりよったなァ」
足立先生はうれしそうにいって、小谷先生にわきをつつかれた。
「これでやりよったんですワ」
部屋のすみに、ハンマーやのこぎりなど破かい作業に使われた品物がおいてあった。
「それ、返してよ」と、芳吉がまのぬけたことをいった。
「あの車をどないしてくれるんや」と吏員のひとりが芳吉にいった。
「そんなこと知らんで」
「知らんですむか」その男は声を荒立てた。
功がそこでどなった。
「ひとの犬をだまってとるもんがわるい!」
「おまえ六年やろ、六年にもなって、なんのために野犬狩りをしているのかわからんのか」
「キチは野犬とちがうわい」
「鑑札を受けていない犬はみんな野犬あつかいするようになっとる」
「そんなこと、おまえらが勝手にきめたんやないか」
「口のへらんガキやな」
男はたじたじだった。
「だいいちことば遣いが悪い」と署長はぶぜんとしていった。
「これは学校教育の問題だ」
「そうでんなァ」足立先生はひとごとのようにいった。
けっきょく、子どもたちの親がかけつけてきて、こわした檻を弁償することで話がついた。子どもと先生は一時間ほど、署長の説教をくらってようよう釈放されたのだった。