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兎の眼19
日期:2018-10-27 23:35  点击:391
  19 不幸な決定
 
 
 よく日、足立先生と折橋、太田、小谷先生の四人は、処理所をたずねた。子どもたちはみんな基地にあつまって、しょんぼりしていた。なにか相談をしていたらしい。
 
「どうした若きゲリラたち、元気ないなァ、そら陣中みまいや」
 
 足立先生がたいこ焼をひろげたが、だれも手をのばさない。
 
「めずらしいことやなあ。よっぽど、ひどくしかられたんやな、どうした功」
 
「あかんねん」
 
 功は力なく首をふった。
 
「なにがあかんねん」
 
「檻の修理に六万円もかかるんやて」
 
「六万円」
 
「うん」
 
「そらまた高いなァ」
 
「とうぶんみんな小づかいなしや。それはええけど、おれの家また借金せなあかんから、おれ、こまる」
 
「そりゃ、だれでもこまるわな」
 
 足立先生も真顔になった。
 
 このあいだ、ドロボーの被害で、おみまいをもらっている小谷先生は、たいへんつらい思いがした。
 
「そいで、なんか金もうけをみんなで考えとったんやけど、そないかんたんにお金はもうかれへんな」
 
 功はしょんぼりしている。
 
「学校でカンパをつのっても、やったことがやったことやから、ちょっとあつまらんやろな」
 
 と、太田先生はいった。
 
「功ちゃん、こんどお給料もらったら、わたしいくらか出すわ」
 
 小谷先生がそういうと足立先生はうらめしそうな顔をした。
 
「それをいうてくれるなよ。おれは飲み屋の借金でぴいぴいいうてるんやから」
 
「六万円か。えらいまたたいへんな襲撃をやったもんやな。戦争は勝っても負けても高くつく」
 
 折橋先生は折橋先生らしいことをいっている。
 
「せっかく買ってきたんやから、たべろよ」
 
 足立先生はみんなにたいこ焼をすすめた。
 
「このあいだのハム工場みたいな話、二、三件ないかいな。そしたら鉄ツンひとりで、ぱっぱっと金がもうかるんやけどなあ」
 
 足立先生は鉄三に金もうけをさせる気でいるらしい。
 
「ええこと思いついたでえ」——折橋先生が大声を出した。
 
「この処理所に大八車がありましたやろ。あれ借りて、クズ屋するねん。クズ屋はもうかるでえ」
 
「クズ屋か」
 
 太田先生はあまり気がのらないらしい。
 
「クズ屋いうてバカにしたらあかん。からだはきついけれど金はもうかる」
 
 足立先生はぱーんとひざをたたいた。
 
「やろ、それやろうや。な、功、なんでもするな、みんなもやるやろ」
 
 子どもたちの眼がいっせいにかがやいた。
 
「なんでもするで」
 
 きゅうに功は元気になった。
 
 二、三日かかって足立先生がいっさいの交渉をすませてきた。二つの大きな問題があったそうだ。先生にそんなことをさせるわけにはいかないと処理所の親たちがいったこと、廃品回収業者から生活権のしん害だと抗議されたことなどらしい。
 
 いずれも足立先生の奮闘で解決した。あとは廃品をあつめて卸元にもっていくだけでよい手はずになっていた。
 
「やっぱりやるのんか」
 
 太田先生は元気がない。
 
「いやならやらんでもええで」と足立先生にいわれて、
 
「やる、やる、やりますがな」とやけくそのようにいった。
 
 四人はトレパン姿で、日よけの麦ワラぼうしをかぶった。処理所にいくと子どもたちはみんなそろってまっていた。遠足にいくようなつもりでいるらしい。
 
「おまえたちのために、おれはとうとうクズ屋にされてしもうた」
 
 太田先生はまだグチをいっていた。
 
「職業に貴《き》賤《せん》はないと教えたんはだれや」
 
 太田先生は足立先生にどなられた。
 
 四台の大八車は処理所の門の前で、それぞれの方向にわかれた。
 
「がんばってこいよ」
 
「おまえこそがんばれよ」
 
 子どもたちも四つにわかれた。
 
 小谷先生の車には純とみさえの兄妹、それに鉄三だ。小谷先生は梶《かじ》棒《ぼう》の中にはいって車を引く、純は梶棒からとったロープを肩にかけて引く、みさえと鉄三は後おしだ。
 
 キチが前になり後になりしてついてくる。キチはあたらしい首輪をつけてもらっている。首輪にはアルミニュームの鑑札が光っていた。小谷先生が貯金をおろしてプレゼントをしたのだ。
 
 小谷先生は女だから、どこかのグループにはいるようにいわれたのだが、ことわった。一つでも車がふえればそれだけ、もうけがよくなる。子どもたちの貯金をおみまいにもらっているので、こんなときに恩返しをしなくてはならないと小谷先生は思ったのだ。
 
 道を通る人びとがじろじろ見た。結婚しているとはいうものの小谷先生はまだ二十二歳の若さだ。はずかしくてしようがない。下ばっかり見て車を引いた。
 
「先生、だまっとったらだれもクズ出してくれへんで」と純がいった。
 
「どういうの」
 
 あたりまえの話だが小谷先生は廃品回収なんて商売はしたことがない。学生時代にアルバイト一つしたことがないのだから、こういうとき始末がわるい。
 
「クズおはらぁーい」
 
「ああ落語できいたことあるわ」
 
「落語なんてかんけいあらへん。クズたまってませんかぁーとか、新聞紙、ボロぎれ、ご不用のものはございませんかぁーとか、なんでもいえるやろ」
 
「純ちゃんあなたとってもじょうずじゃないの。あなたにまかせるわ」
 
 小谷先生はずるいことをいっている。純はしようがないという顔をした。
 
 はじめの意気ごみはどこへやら、小谷先生はだんだん心細くなってきた。
 
「純ちゃんどうしよう」
 
「なにをいうとんや先生は。まだなんにも商売してないねんで」
 
 そのとき、先生じゃありませんの、という声がした。ふりむくと小谷先生の受持ちの子どもの母親だった。
 
「先生、なにしてますの」
 
 小谷先生はもじもじした。
 
「おばちゃん、新聞紙、雑誌、ボロぎれ、いらないものありませんか」
 
 と、そばで純がいった。
 
「あ、廃品をあつめているの。先生たいへんですね。また図書室の本をふやすんですか」
 
「ええ、まあ」
 
 いちどPTAでクズをあつめたことがあった。図書室の本がすくないので、そんなことをして本をふやしたのだ。
 
「ご近所の方にもいってあげますわ」
 
 やれやれ助かったと小谷先生は思った。三げんの家がクズを出してくれた。新聞紙、週刊誌、空ビンなどである。
 
 純はよろこんでいる。鉄三とみさえはなにもいわないさきに紙ひもで新聞紙をたばねている。四人はくるくるこまネズミのように働いた。
 
「純ちゃん、ヘルスメーターをもってきて」
 
 天《てん》秤《びん》がないので、学校のヘルスメーターを借りてきた。クズの重さをはかる。足立先生にかいてもらったクズ買いとりの値段表をみて代金をはらった。母親たちは妙な顔をしている。
 
「学校の寄付じゃありませんの」
 
 しかたがないので小谷先生は個人的な子どもの不幸でこういうことをしているのだ、とかんたんに説明した。
 
「はずかしがっていたらダメね、純ちゃん」
 
「うん」
 
「いいことを思いついた。受持ちのおかあさんの家をまわろう、たった三げんでこんなにあつまるんだもん」
 
 うす暗くなってから四台の車はかえってきた。どの車もいっぱいの荷物である。
 
「よう、小谷さんところもがんばったな」
 
 みんなほこりで顔を黒くしているが元気いっぱいだ。初日のちょうしがよかったので、つかれを感じないのだろう。
 
 食事のしたくができているので、みんなでたべてほしいと、四郎の母親がいいにきた。足立先生がえんりょをすると、処理所の親たちがみんなでこしらえたのだからぜひにということであった。
 
 にぎやかな食事がはじまった。処理所の親たちもかわるがわる顔を見せた。バクじいさんがビーフシチューをさしいれてくれた。朝から、ことこと煮ていたのだという。
 
 子どもたちはにぎりめしをほおばっている。足立先生らはビールや酒をふるまわれてごきげんだ。
 
「あの車いっぱいの荷で、どれくらいもうかりますか」
 
 足立先生が四郎の父にたずねた。
 
「そうでんな。足立先生の車で四千円、小谷先生のなら三千円というところですか」
 
「へえーたった三時間ほどで、そないなお金になりますか」
 
 足立先生は眼を丸くしている。
 
「おれ、学校の先生やめて廃品回収業をやろ」
 
 というと、すかさず功がいった。
 
「なにいうてんねん。クズはありませんかっていうとき、ぜんぜん声がきこえへんかったくせに」
 
「それをいうなよ」と、足立先生はあわてた。
 
「あれ、足立先生も……」
 
 どうやら太田先生も声の出せなかったひとりらしい。
 
 折橋先生と組んでいた武男がなにかいいかけた。折橋先生はあわてて武男の口をおさえた。
 
「さては折橋くんもやなァ」
 
 足立先生はにやにやした。
 
「男のくせに先生らはみんなあかんたれやなぁ」と、純がいった。
 
「小谷先生なんか、クズおはらぁーいって、ものすごい大きな声出したで、な、みさえ」
 
 と、みさえの足を、自分の左足でつついた。
 
「ふん」
 
 みさえは知らん顔してうなずいた。
 
「へえー」
 
 と、足立先生も折橋先生も本気で感心している。
 
「見なおした、見なおした」と、太田先生はおおげさに頭をかかえた。
 
 小谷先生はくすくす笑った。みさえのよこにすわっていた鉄三を見て、小谷先生はびっくりした。
 
 鉄三が笑っている。鉄三まで笑うたのしい食事だった。
 
 しかし、いいことはあまり長くつづかない。
 
 よく日、小谷先生は頭から水をあびせられるような話をきいた。
 
 昼休みに足立先生に呼び出された。ちょっと青い顔をしている。足立先生がそんな顔をするのはめずらしい。
 
「処理所の移転が本決まりになった」
 
 小谷先生はどきっとした。
 
「どこへなの」
 
「第三埋立地」
 
「あそこへはいかないことになっていたのでしょう」
 
 第三埋立地にはオートメーション化された塵《じん》芥《かい》処理所が建設されていた。
 
 功たちの処理所は、第五埋立地にやはり同じような近代的な処理所ができるので、そこに移転する予定であった。予定どおりとしても二年半ほど先のことだった。
 
「どうしてまたきゅうに」
 
「住民運動がはげしいのやろな」
 
「処理所が移転するのに文句をつけるわけにはいかんでしょ」
 
「そらそうや。処理所の移転そのものはいいことなんや。けれど、また処理所に住んでいる人たち、とくに子どもがぎせいになる」
 
「どういうことですの」
 
「この学校にくるのに片道五十分かかる」
 
「五十分も」
 
「もちろん小学生にそんな通学はムリだから、とうぜん転校ということになるが、これがまた問題でね。二十分くらいの道のりだというんだけれど、転校先の学校に行くには、埋立地を横切らなくてはならない。ダンプカー銀座といわれている道路がいくつもあるんだ。子どもにとってこれはたいへんなことだよ」
 
「そんなところに人を住まわせるのがいけないわ」
 
「そのとおり。処理所の人の生活の問題もある。市場にいくのに三十分も四十分もかかるんだから」
 
「この町のどこかに住むというわけにはいかないのかしら」
 
「それが理想的なんだけれど、それをやると居住権の問題があって補償がたいへんなんだろう。新しい処理所の近くにプレハブ住宅を建てるというのが、いちばん安あがりの方法なんだろうな」
 
「足立先生どうしてその話を知ったのですか。きのうのようすでは処理所の人たちは知っていないようだったけれど」
 
「うん、役所もこころえているよ。移転になっていちばん問題になるのは子どもの通学だということを、よく知っているわけや。トラブルがおこるのをまえもってさけたいのだろう。うちの学校に打診してきたんだ。さっき校長に呼ばれて、処理所の親を説得できないかというんだ」
 
「引き受けたんですか」
 
「だれがそんな話を引き受けるかね」
 
「わたし、いま、鉄三ちゃんをとられたらこまるわ。このあいだみな子ちゃんと別れたばっかりなのに……」
 
 小谷先生は、もうおろおろしている。
 
「あいつらがおらんようになったら、ぼくもさびしいワ」
 
 足立先生も、しんみりといった。

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