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黒田如水05
日期:2018-11-15 22:51  点击:263
 岸なく泳ぐ者
 
 ——だから私が、夙《はや》くからいわないことではないでしょう。どうです。
 ことしまだ三十歳になったばかりの若い家老職、黒田官兵衛(当時まだ主家の姓をうけて小寺氏を称するも紛《まぎ》らわしきためここにはその本姓を用う)——彼だけはゆうべからこの席にいても至って超然《ちようぜん》たる風を示していた。
 政職《まさもと》から名ざしで、
「官兵衛の意見は」
 と問われても、
「つねに申し上げている以外、何も事あらためていう意見もございません」
 としか答えなかった。
 そして、にやにや笑って誰彼のことばを、黙って聞いている。また、ひょいと鋭い眼を向けて、唾《つば》をとばしていう者の顔を見つめる。
「これでは埒《らち》があかんでしょう」
 明け方ごろ、主人の政職へ、就寝《しゆうしん》をすすめたが、老臣の蔵光正利《まさとし》が眼にかどたてて、
「まだご評議の一決も見ぬうちにお寝みあれとは何事だ。それでも其許《そこもと》は輔佐《ほさ》の任をなしていると思うておるのか」
 と、手きびしく決めつけられ、官兵衛は素直に、はいといって俯向《うつむ》いてしまった。
 そのうちにいつの間にか、姿が見えなくなったのである。もっとも交代《こうたい》で朝食へ退がってはまた席に回《かえ》っていたので、彼もそれで立ったものと思われていたが、陽《ひ》が高くなっても、午《ひる》ちかくなっても、戻って来ないので、大いに彼の進退を疑う者が出て来たわけである。けれど政職だけは、さすがに若い彼を家老に抜擢《ばつてき》したほどだけの知己《ちき》である。ほかの家来が疑っているような事は毛頭考えてもいないふうだった。
「やあ、ご一同。やっとご家老のおすがたが見当りました」
 そのとき末席の板縁まで、侍小頭の室木斎八と今津源太夫のふたりが戻って来て、座中の人々へこう明るく報告した。
 けれどその声の方へ眸《ひとみ》をあつめた老臣以下すべてといってよい一同の顔つきは、決してそんな気軽なものではなかった。幾人かの白い眉のうごきは強いてその眉に皺《しわ》をよせて、
「なに、おられたと。いったい今まで、どこにおられたのか」
 と敢《あえ》て難《むずか》しく事を取り上げた。
 斎八と源太夫は、顔見あわせて、やや口を濁《にご》しかけたが、ぜひないように、
「太鼓櫓《たいこやぐら》のうえにおられました」
 と、つつみなく答えた。
 老臣はたたみかけて、
「なんじゃ、太鼓櫓にいたと、それは誰と?」
「おひとりで」
「して。何のために」
「お眠りになる為らしく思われました」
「あきれた。いやはや言語にたえたことだ。そして、官兵衛どのは、どうした。もうこれへは来られないとでもいっているか」
「いえ。居眠っている間に、蜂に瞼《まぶた》を刺されたそうで、ただ今、顔を洗って膏薬《こうやく》なりと貼ってからまたお席へ出ると申しておられました」
「…………」
 あきれたとも、怪《け》しからんとも、もういう者さえいなかった。

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