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黒田如水13
日期:2018-11-15 22:56  点击:266
 信念一路
 
 彼は馬上からふたたび地上を見て、なおそこに手をつかえている二名の郎党へいった。
「太兵衛、善助」
「はいっ」
「留守をたのむぞ」
「はっ……」
「わが邸などはどうなるもよい。留守とは、お城の内《うち》を守ることだ。——それがしの不在を幸いに、毛利家加担を企《たくら》む輩が、殿をめぐって、あらゆる策謀、甘言、強迫をもなすであろうが、そちたちは、ご城内にも三分の一はあろうと思わるる、この官兵衛と同意見の若者と結束して、彼等のうごきを、じっと、睨まえておれよ。それが其方たちに頼んでおく留守の役目だ」
「よく分りました。お帰国の日までは、われら石垣にしがみついても、御着《ごちやく》のお城を毛利方へ傾けさすようなことはございませぬ」
「それだけだ、あとの憂いは。……が、其方たちの言を聞いて安心した。では行って来るぞ」
 駒をめぐらして、進みかけると、円満坊はつとその鞍わきへ駆け寄って、
「——万吉どの。よいか、大事ないか」
 じっと、官兵衛の面を見上げた。
 官兵衛は、なぐさめるように、
「大丈夫です。お案じ下さいますな。もしこの官兵衛に、私心私欲があってすることなら、或いは、大きな冒険かもしれません。太守《たいしゆ》を始め、御着一城の衆が悉く、毛利方に傾けば、姫路にある私の妻子老父はすべて即座に殺されるに極《きま》っておりますから。……しかしです。官兵衛の心事はこの碧空《あおぞら》のごとく公明正大です。いささかの私利栄達も考えておりません。それがしの行動こそ主家を救う唯一の道なりと信じ、またこの信念こそ、中国の地を兵燹《へいせん》から助け、大きくは、主人のご心念をやすんじ奉るものと思うのほか、何ものもないことを、神明に誓って申しあげておきます」
「わしは信じておる。——けれど今のはなしの様子では、かんじんなご城主の決意のほどがどの程度か。何とのう、その辺が、心もとなく思わるるが」
「由来《ゆらい》、お人のよい殿様です。それがしがお側にあればよくそれがしの説を容《い》れられるが、また、それがしが少しでもお城を離れていると、たちまち邪説異論に耳をかし給い、毛利に組せんか、織田に頼らんかと、あれこれお迷いあそばすのがご欠点です。……思うに、末のお小さい姫君を、毛利家へ質子《ひとじち》として渡されたのも、殿ご自身、まったくご存知ないことではないかもしれません。半分はそれにご同意を示し、半分はこの官兵衛の吉左右《きつそう》を心待ちにお待ちになるものと愚考《ぐこう》されまする。——故に、たとえ老臣衆や一族の誰彼が、いかに策謀《さくぼう》してみても、それがしが岐阜から立ち帰るまでは、決して、殿は旗幟《きし》を鮮明になさるような事はありますまい。で、まずこの官兵衛が電馳《でんち》して、岐阜から戻って来るまでは、かならずこれ以上、御着の城に変化はないものと思われまする」
「いや。よう仰せられた。……そこまで深く考えておざるものなら、野衲《やのう》の取越し苦労などは、もう無用無用。お元気で行っておいでなされ」
「おさらばです。太兵衛、善助。わするな、いま申しおいた頼みを」
 官兵衛のすがたは、見ているまに、彼方《かなた》の畷《なわて》を、馬けむりにつつまれて行った。

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