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黒田如水64
日期:2018-11-16 21:56  点击:273
 紙つぶて
 
 山野の紅葉《もみじ》も黒々とたそがれかけているころ、黒田官兵衛はもう姫路端《はず》れの街道を馬打たせていた。
 来るも、往くも、姫路は通りながら、老父や妻のいる姫山の城にも立ち寄らなかったのである。
 だが彼の妻は、きのう城下の与次右衛門からの知らせで、良人の行動と目的は、つぶさに知っていた。きょうまた、その良人が、与次右衛門の店へちょっと駒をやすめて、ふたたび摂津へ立つと、使いの者から聞いたので、せめては、よそながらでもと、路傍の並木の陰に佇《たたず》んで、良人の通るのを待っていた。
 それを知っている与次右衛門は、わざと彼をひきとめて、町端れまで馬の口を取って送って来た。
「爺や、もう帰れ。このたびの使いも難役、生還《せいかん》は期し難いが、生きて帰ったら、いつか姫山の家にもゆく。そう告げて立ち去ったと、父上にもお伝えしてくれ。……それだけでいい、もう帰れ、ここで別れる」
 官兵衛は馬をとめて、与次右衛門を追いやった。与次右衛門は、馬のそばを離れたが、なお去らず、しきりと涙をふいていた。
 その容子で官兵衛も気づいた。薄暮《はくぼ》の並木の陰に、市女笠《いちめがさ》をかぶった妻の白い顔が見えたからである。
 それへ向って、馬の上から彼は叱った。
「女は家にいろっ。そんな暇になぜ父上のお側でも賑《にぎ》わしていてくれぬか。お汝《こと》の良人は戦陣にある人間だ。いつ具足を脱《ぬ》いで家へ凱旋したか。たわけ者めっ」
 ——が、叱りつつ、彼は具足羽織の下から、何か探《さぐ》り出していた。そしてそれを手に丸め、紙つぶてとして、妻の姿へ抛《ほう》りつけた。
 いつか、書写山の陣屋で、竹中半兵衛から手渡された、わが子松千代の手紙であった。
 紙つぶてはいるところまで、届かなかった。泣いていた若い妻は、とびつくように、夕風に転がってゆくそれを追って拾っていたが、官兵衛をのせた名馬書写山は、その駿足《しゆんそく》にまかせて、彼女がふたたび道を眺めたときは、もう遠い秋の夕霧のうちに影をかくしていた。

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07/05 03:22