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平の将門51
日期:2018-11-24 22:41  点击:311
 忘恩論争
 
 
 京風の建築をまねたのであろう。寝殿、対ノ屋づくりである。しかし、この地方の風雪に耐えるためには、柱もふとく、壁も多くなければならない。自然、頑固であり、粗野であり、薄暗くもなる。——後の鎌倉建築と似るところが多かった。
 内の坪(中庭)へ面した広床の間に、藺《い》を敷き、円座に坐って、酒を酌みあっている客と主人とは、さっきから、愉快そうに談笑していた。
 上総介良兼と、水守の六郎良正である。
 将門の父良持の弟たちだ。つまり叔父共である。ここにはいないが、常陸の大掾国香が、いちばん上で、その下が将門の父、次が良兼、良正の順だった。
「良正。——将門がこれへ来ても、余り嬲《なぶ》らんがいいぞ。嬲り者にして、怒らしても始まらぬ」
「ですが、いちどは、首の根をとっちめておいた方がいいと思うな。……くせになる」
「ま。それもあるが、それにしても」
「きのう、河原畑で、将門の奴僕と、わが家の家人とが、喧嘩の果て、それに怒って、彼自身、ここまでやって来たところをみると、まだ以前の所領地にこだわって、おれ共の処置を、ふかく、遺恨にしているにちがいない」
「その執着は、一朝には、抜けまいよ。手をかえ品をかえ、気長に、諦めさすにかぎる」
「あなたは、よくそういわれるが、将門も、今では、むかしの鼻たらしとちがい、都のかぜにも吹かれて来て、理屈の一つも覚えたろうし、ごまかしのきく年でもない。——力で抑えつけるに限りますよ。ぐわんと、一度、こちら側の、力のほどを、思い知らしておかぬことには」
 廊の端に、足音がした。二人は、眼まぜと共に、むずかしい顔を作って、口をつぐんだ。
 将門は、ぬっと、室の外に立った。そして、叔父たちの視線に視線をもってこたえた。しかし、努めるように和《なご》ませて、
「お邪魔します」と、一隅に坐った。
 将門を案内して来た家人たちは、付け人みたいに、彼の背をにらまえたまま、廊の間にかしこまっていた。
「やあ、将門か。もっと、寄らぬか。そんな遠くに、屈《かが》まっていることはない」
 良兼は、さりげなく、あしらった。——が、良正は、きのうからの事もあるし、嘘にも、仏いじりをしている良兼とちがい、平常でも、武勇を以て、近郷に鳴っている男である。てんで、甥の将門など、眼のうちにもないように、横を向いて、酒をのんでいたが、
「何しに来たのだ。何しに? ……」
 と、いきなり将門の方を見ていった。
 将門の全身が、感情にふくれて、丸くなったように見えた。が、彼は、手をつかえて、自分の烈しい面色を隠すように俯向《うつむ》いたのであった。
「帰国以来、つい、ご無沙汰しておりました……で、いちどは、ごあいさつに出なければと、思いまして」
「礼に来たのか。多年の礼に」
「……え。……まあ、そうです」
「まあとは何だ。夙《と》くに、石田の大叔父へも、ごあいさつに伺うのは当然だ。行って来たのか」
「いえ。まだ、参りません」
「なぜ行かん。ここへ来るなら、通り道ではないか。すべてのやり口が、和主《わぬし》のは、取ッちがっておる。用でもない郡司や近郷の有象無象《うぞうむぞう》を、帰国披露目に、豊田へ招いたりして。——そんな見得より、なぜ、恩義のある大叔父の館へ、永々、留守中には、えらいお世話になりましたと、いって歩かないか」
「……とは、思いましたが」
「将門っ」
「は」
「奥歯に物のはさまったようないい方をするな。貴様は、何か、思いちがいしているな。へんに」
「…………」
「よろしいか。よく聞けよ。十数年という永い間、とまれ、将頼以下の、父《てて》なし子、幾人も、あのように、無事、成人させて来たのは、たれの情けか」
「…………」
「そればかりじゃない。もしまた、われら叔父共の庇護がなかったら、兄良持の遺した土地といえ、館といえ、牧場といえ、あの通りに、難《なん》なく、今日まで、貴様たち兄弟の手に、残っていると思うのか。——とんでもないやつだ」と、良正は、手にしていた杯の中へ唾《つば》するようにいって、それを仰飲した後、またいった。
「そんな甘い考え方だから、ひいては、恩義は忘れて、逆《さか》うらみなど抱くようにもなる。——この広い坂東の曠野では、毎日、東から陽が出て、西に陽が沈んでいるだけのように、貴様などの眼には、見えるかもしれぬが、どうして、間《ま》がな隙《すき》がな、那須、宮城《みやぎ》などの、東北の俘囚《ふしゆう》や、四隣の豪族が、一尺の土地でも、蚕食しようと、窺いあっているのだぞ。——それを十数年の間、防ぎ守ってくれたのは誰だ。いや、たとえ、以前のような宏大な田領、荘園はいささか減ったにしても、都から帰って来て、さっそく、住む家にも困らず、耕す土地もあり、家名も郷土に存続しているという大恩は、たれのおかげか」
「お、おじ上、ちょっと、待って下さい」
「だまれ。それから答えてみろ。たれの力が、四隣の狼から、土地や館を、防ぎ、守っていてくれたかを」
「わ、わかっています。……けれど」
「わかったら、それでいい。分ったといいながら、何だ、その涙は、……ぼろぼろ、何で涙を出すのだ」
「そう、仰っしゃるなら、私も、申します」
「なにっ」
「たれの恩だ、たれの情けだと、仰っしゃいますが、その事は、私ども兄弟が幼少であったため、父の良持が、肉親のあなた方を信じて、死……死ぬまえに……父が、たのむと遺言し……あなた方は、死んでゆく者に、心配するな、かならず、子らが成人の後には、荘園も、拓いた土地も、返してやると、誓って、お預り下されたものではありませんか」
「そうだ。……だから、今日、貴さまは、豊田の館に、住んでいるではないか。ほかの弟どもも、飢えずに、生きているではないか」
「いや。まだ、返って来ないものがあります。——父が、一代をかけてきり拓いた土地、功によって賜わった相伝の荘園。それらに附属している太政官の地券、下文、国司の証など、遺産の大部分は、返していただいておりません」
「つけあがるなッ」呶喝《どかつ》して、良正は、杯の酒を、ぶっかけようとしたが、良兼が、あわてて、手くびを抑えた。
「これこれ、将門。肉親だからいいようなものの、そんな得手勝手は、いうものではない」
「得手勝手でしょうか。——叔父御たちでなく私の方が?」
「何。何だと。これ……おまえはな」と、良兼も、勢い、自己の利得の防禦に立たざるを得なくなった。いや、自分たちで分割横領した土地の正当化を、ここで弁じておく必要に迫られたのだ。
「返せの、返らぬのと、単純に、いっているが、広大な田領を多年、守ってくるには、それだけの、犠牲があるのだぞ。国香殿でも、ここにいる良正でも、その為には、何度、隣郡の侵入者や、俘囚の族長などと、血をながして、喧嘩や、争いもしたか知れぬ」
「それは、それです。お返し下さる以上は、将門始め、弟共も、終生、それは御恩に感じ、また、叔父御たちのお家に、一朝、変乱のあるときには、いつでも、弓矢を帯《たい》して、まッ先に駈けつけようというものです。——不幸、将門は幼少で覚えていませんが、母方の親類共のはなしでは、かつて、あなた方が、この常陸、下総の地に、微力で立ち、あまたの敵や、俘囚の勢力の中で、悪戦苦闘されていた頃には、私の父良持が、自分の分身とも思って、あなた方を助けて、ついにこの筑波山以東以北のひろい平野を、あなた方の領野にしたのだと聞いております」
「た、たれがいった、そんな事を」
「たれでも、世間では、知っています。——父が、あなた方に遺孤《いこ》を托したのも、それがあるからです。よも、間違いはあるまいと信じたのでしょう。私を、忘恩と仰っしゃるなら、その前に、あなた方こそ、死者の遺托を裏切った忘恩の徒ではありませんか」
「生意気なっ」
 こんどは、間にあわなかった。呶鳴ったのは、良正である。良兼がとめるすきもなく、突っ立って、良兼のうしろを跨ぎ、
「忘恩といったな。叔父にむかって、悪罵したな。この青二才め」
 将門の左の肩へ、彼の大きな足が、蹴ってきた。将門は、その足を、両手でつかまえた。そして、彼が腰を立てるのと、良正が、そこらの高坏《たかつき》や銚子《ちようし》を踏んづけて、仰向けに、ひっくり返ったのと、一しょであった。
「やったなっ、将門」
 良正は、吠えた。しかし良正が、起き上がるまえに、廊の間にひかえている家人たちが、おどりかかって、うしろから、将門に、くみついていた。

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