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平の将門86
日期:2018-11-24 22:57  点击:241
 迷吏と病国
 
 
 経基は、秋ごろ、都からこの武蔵へ赴任して来たばかりの、新任の「介《すけ》」であった。
 前《さき》の武蔵介藤原維茂《これしげ》が、常陸へ転任したので、その後へ——貞盛のあつかいで——任官して来た者である。
「お疲れでしょう。ともあれ、こよいは、私の渋谷の館《たち》へお泊りください」
「御好意に甘えよう。先に出しておいた書面は、もう、お手許へ届いていたかな」
「拝見しました。……出兵の儀も、権守殿《ごんのかみどの》と、寄り寄り、相談はしておるのですが」
 と、経基は、口を濁して、
「仔細は、後でお耳に入れましょう。何せい地方事情というものは、地方へ居着いてみると、想像外なものですな。着任半年で、ほとほとその難しさが、やっと分って来たぐらいなところです」
 と、駒をならべて、嘆息した。
 郎従たちは、途中で松明《たいまつ》を点《とも》した。そして、渋谷山の経基の邸へついたのは、もう夜更けであった。
 貞盛は寝坊した。——翌る日、起き出てみると、もう館《たち》の母屋《おもや》に、客が来ていた。
「お目ざめですか。権守殿が、早朝から来て、客殿でお待ちいたしております」
 主の経基に、紹介されて、貞盛はやがて、その人と、客殿で対面した。
「——武蔵《むさしの》権守《ごんのかみ》興世王《おきよおう》です」
 と、彼は、名乗った。貞盛も、都人らしい態度で、
「右馬允貞盛でおざる。お名まえは、疾《はや》くに、太政官の省内でも、よく伺っておりました」
 と、片言にも、すぐ相手をよろこばすような挨拶をした。
 酒宴となった。
 都の官人を迎えれば、必ず、饗宴となるのは、この時代からの、地方吏の風習だった。
 しかし、興世王という男は、どこか、癖の多い、傲岸《ごうがん》な面がまえをしていた。日頃、無力な地方民を虫ケラのように見下している土くさい権力型の人物であることは、少し飲み合っていると、すぐ分ってくる。
(好もしくない人間だ)
 貞盛が、そう思うせいか、興世王の方でも、
(いやな、やつだ。都風を吹かせやがって)
 と、観ているらしい。
 けれど、新任の経基は、貞盛が推薦した者であるし、興世王の次官である。——で、貞盛は、経基のために、
「ひとつ、よろしく、ひき立てていただきたい」
 と、心にもない機嫌をとっていた。
 その後で、彼は、
「時に、当国もまだ、出兵の御様子がないが、もし、官符の命に反《そむ》くような事があっては、乱後、由々しいお咎めがあろうも知れんが、御所存は、どうなのであろう」
 と、これは、太政官の名においてであるから、貞盛も、相当強く、二人の真意を糺《ただ》した。
「いや、決して、朝命を軽んじるわけではないが……。ま、仔細は、経基からお聞きとり下されい」
 と、興世王は、次官たる彼の方へ、ちょっと、顎をしゃくって、自分は、空うそぶいていた。
 経基が、代って、事情をのべた。
 ——その理由というのは。
 経基も新任だが、興世王もまた、一年ほど前に、「権守」を拝命して、この武蔵へ来た地方長官なのである。
 ところが。
 この武蔵の国には——牟邪志乃国造《ムサシノクニノミヤツコ》——以来の子孫であり豪族たる、土に根を張っている先住がいる。
 足立郡司判官代《あだちのぐんじほうがんだい》、武蔵《むさしの》武芝《たけしば》という人物だ。
 これが、新任の「権守」や「介」を、
(おれは、認めない)
 と、拒否して、税務その他、一切の行政に、嘴《くちばし》も容《い》れさせないのである。
 武芝のいい分は、こうなのだ。
(——おれの治績と撫民《ぶみん》の功は、一朝一夕のものではない。累代《るいだい》、地方のために、貢献して来たのだ。然るに、何の落度もなく、また調貢《ちようこう》、収税も怠っていないのに、いきなり民情も知らぬ人間が、中央の辞令など持って、「権守」だの「介」だのと、大面《おおづら》して赴任して来たところで、そんな奴等に、おいそれと、武蔵一国を任せられるものか。——この武芝を、ふみつけにするも程がある)
 武芝は、郡司。
 興世王は、権守だから、国司ノ代《だい》であり、郡司より、上役である。
 それも、気に食わない一つらしい。
 とにかく、武芝は、いろいろ苦情をつけて、新任の「権守」と「介」を絶対に排斥しつづけていた。そういう実情にあるので、官符の命による出兵の実行などは、今のばあい、思いもよらぬことである——という経基の釈明であった。
「ははあ。……そんなわけがあるのか」
 貞盛は、一応は、うなずいた。
 とはいえ、あるまじき事だ、と呆れもしなかった。
 後世の国家のすがたから観れば、驚くべき国家への反抗だし、無秩序なはなしであるが、ひとり武蔵一国に限らず、遠隔の地方ほど、中央の政令は、まだまだ行われていなかったのである。
 自分たちに、都合のいい政令なら、受けるが、不利な政令なら、無視する、あるいは、反撥する。
 まして、一片の太政官辞令などは、古くから地方に根を下ろしている者にとっては、権威でも何ものでもない。それも、自己の地位を冒《おか》さない者ならば、容認するが、天降《あまくだ》り式に任命されてくる上官などには、決して、易々として、その下風には従わなかった。

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