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平の将門87
日期:2018-11-24 22:58  点击:245
 噴火口時代
 
 
「じつに、不埒《ふらち》極まる武芝です。上命を無視し、中央の辞令などは、てんで歯牙《しが》にもかけません」
 経基は、憤慨して、貞盛がこの地方へ来るのを待っていたように、いきさつを訴えた。
 貞盛は、裁きに、困った。
 自分の目的は、将門退治の出兵の督促である。こういう紛争の中へとびこんで、訴えを聞こうとは思わなかった。
「仔細を、中央へ上申し、武芝へ対し、何らかの措置をとって貰ってはどうです。——摂関家の御名を以て、再度、武芝へ厳達していただくなり、さもなくば、朝議にかけて」
「いや、だめです。そういう手続きは、何度、くり返したか知れません。ところが、朝廷でも、太政官でも、かえって、武芝をおそれて、何のお沙汰も返って来ない。理由は——今や、南海方面には、伊予の純友一類の海賊が、頻々と乱を起しており、また、坂東平野には、将門の伴類《ばんるい》が、四隣を騒がせている折から、この上、武蔵に事端をひき起しては——という堂上たちの、消極的な考えだろうと思われます」
「いや、事実、南海の賊は、年々、猛威を逞《たくま》しゅうしていますからな」
「……といって、われわれ両名が、官の辞令を持ちながら、空しく、都へ帰れましょうか」
「何とか、足立武芝と、そこの折り合いは、つかぬものか」
「それもずいぶん、辞を低うして、試みましたが、府中の国庁へ参っても、兵を以て、われわれを拒み、一歩も入れないのですから、妥協のしようもありません。——ただこの上の一策は、こちらは、太政官任命の辞令を持っているのですから、官命を称えて、武芝を、一度、武力で叩いてしまうことですが」
「兵力は、どうなんです。充分、彼を圧する実力があればですが……」
「それは、充分に、勝目がある」
 興世王は、初めて、ここで口をあいた。——それ以外に、方法はないので、ひそかに、先頃から武力は準備しているというのである。
「しかし、徒《いたず》らに、武力を用いたと聞えては、かえって、こっちが暴徒の汚名を着せられる心配がある。もし、貞盛殿が、中央へ対して、われらの正義に、証人としてお立ち下さるなら、このさい、思い切って、武芝を処分してしまいましょう。——そして、将門征伐の出兵へ、必ず協力申し上げるが」
「なるほど。——その上ならといわれるか。いや、尤《もつと》もだ。よかろう。おやりなさい。官辺や摂関家にたいしては、貞盛が証人に立ち、上洛のさいには、委細を上申いたしておく」
 彼は、それを約した。
 同時にまた、その紛争が一決次第、将門退治に、武蔵の兵を、必ず、協力させる確約も取った。
 貞盛としても、官符を仰ぎながら、その官命にたいして、諸国、いい合せたように、一兵も出さないとあっては、中央にたいして、面目が欠けるばかりでなく、自身の立場も危うくなる。
 それには、多少、恩を着せてある経基に手つだわせて、興世王に、それくらいな冒険はやらせても仕方がない。出兵を確実にさせる為には、彼等の内部にある異分子の一掃《いつそう》は、むしろ、急がすべきであるとすら考えたのであった。
 興世王と経基は、
「いや、これで、此方共も、武芝にたいする決意がつきました。貞盛どのが、官辺への証人として、お立ちくださると聞く以上」
 と、俄《にわか》に元気づいて、飲み始めた。
 数日の間、貞盛は、渋谷の館へ滞在して、彼等の密議にあずかっていた。——武芝の邸宅を奇襲して、国庁を占領し、武芝を監禁してしまおう——という手筈がその間に進んでいた。
 しかし、貞盛はなおこれから、下野《しもつけ》、上野《こうずけ》の諸国を廻り、田沼の田原藤太秀郷にも会う予定であるといった。郎従の牛浜忠太、長田真樹の二人を連れ、やがて数日の後、この渋谷山から東山道へ立って行った。
 以来、彼の消息は、また、杳《よう》として、何も聞えて来ない。
 貞盛の性格と、その行動は、あくまで、陰性であり、惑星のごときものであった。
 けれど、こういう間にも、将門を中心とする常総の野にも、また一波瀾が起っており、更に、貞盛の去った直後には、武蔵の国庁に、予定されていたところの騒乱が表面化されていた。
 富士山噴火は、こうして、いたる所の地表と、そこに住む人間の生理にも、何か、狂噴的な作用を、鳴々動々、伝播していたのかも知れなかった。
 

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