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平の将門90
日期:2018-11-24 22:59  点击:327
 長蛇を追う
 
 
 貞盛の所在をたずねていたのは、羽鳥方の良兼一族だけではない。
 将門もまた、八方、手をわけて、
「大叔父の大掾国香以来、おれを亡き者にしようと、幼少、都にいた頃から、おれの一命をねらっていたのは、あの白面郎《はくめんろう》貞盛という食わせ者だ。彼奴こそ、おれの生涯の仇、貞盛を尋ね出せ」
 と、部下の者へ、厳命していた。彼の弟たちも、坂東平野の草の根を分けてもと、血眼になって、行方を嗅ぎあるいていた。
 安房、上総から、武蔵へ渡り、そして両毛を徘徊して、田沼の田原藤太秀郷を訪うたということまでは、うすうす分ってきた。
 しかし、秀郷の所では、ていよく援助を断られて、どこかへ立ち去ったという噂なのだ。それは、どうも真実らしい。
 ただ、その以後が、わからない。まったく、杳として分らない。
「——もし、また、ふたたび、都へ上ったものとすると、ちと厄介だ。いずれ、摂関家などを立ち廻り、ろくな事は、ふれ歩くまい。それならそれで、おれとしても、何とか、都へ手を打たねばならぬが」
 と、将門は、それのみを、苦にやんでいた。
 彼は、都を知っている。十数年の生活を、都人の中で送り、摂関家の何たるものか、朝廷のどういうものかを、地方人としては、知悉《ちしつ》している人間である。それだけに、中央政府というものに、地方の豪族らしくもなく、余計な気をつかうのだった。
 天慶元年の二月末——山も野も春めいてきた矢さきである。
「兄者人! 知れましたぞ。貞盛の居どころが」
 と、弟の将平、将文のふたりが、石井ノ柵へ駆けこんで来て告げた。
「常陸にいる彼の姉の良人、藤原維茂《これしげ》の家に隠れていたんです。そして昨夜、急に、そこを立って、郎党四十騎ほどに守られ、山越えで、東山道から碓氷を越え、都へ帰って行ったそうです。——追えば、追いつけるにちがいありません」
「なに、碓氷越えに出て、都へ向って行ったと」
「まちがいなく、それを眼に見とどけた者の知らせです。——このときを逸しては、再び、彼奴を、手捕りにする機会はありますまい」
「しめたっ——」と、将門は、手を打ってさけんだ。
「天の与えだ。貞盛の運の尽きだ。直ぐ追おうぞ」
 具足を着こみ、矢を負い、馬を曳き、将門は、広場に立って勇躍した。
 居合せた家人郎党は、百名に足らない。
「柵は、空き巣になってもかまわぬ。一人のこらず従いて来い」
 砂ぼこりを揚げて、この日、柵門から出払った。
 今は、愛する子も妻もない仮の館といえ、ここを羽鳥の敵に明け放しても、ただ一個の貞盛を逃がすまいとする彼の決意であった。
 その意気ごみから見ても、いかに彼が、貞盛という賢くて陰性な敵にたいして、日頃から、いや都に舎人《とねり》奉公していた弱冠のむかしから、心中の怒りを抑えていたか、また、近年の憤怒をつつんで密かに今日の機会を待っていたことかが、察しられる。

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