秋ぐさ供養
桔梗《ききよう》は褪《あ》せ、芒《すすき》はのびている。
斎藤下野の一行は、川中島を斜めに通って、北国街道のほうへ馬を向けていた。
千曲川の彼方に、海津の城の白壁が見える。いまなお、甲州軍の一部はそこに充満しているらしいが、さもさも、戦はどこにあったかといわぬばかり、城のすがた、山川のたたずまい、すべて平和な光に舂《うすず》き濡れていた。
「——甲州方討死、四千六百余人。上杉方討死、三千四百七十余名。ああ……大きな犠牲」
黒川大隅は無量な感につつまれている。的確ではないが、両軍の戦況や損害は、はやくも沿道に伝わっていた。これへ来るまでに、一行はかなり審《つぶ》さにそれらのことも知った。
「ひと休み致そうか」
下野は、馬を降りた。そして秋草の中に坐りこんだ。
千曲の水の岐《わか》れが、淙々《そうそう》と近くを流れている。過ぐる日の大戦に、味方はどこで苦戦したろうか。郷党の知己、縁者、誰の兄、誰の弟と、思い出さるる幾多の面々は、どこに戦い、どこに討死《うちじに》したろうか。
思いめぐらしていると、陽の沈むのもいつか忘れてしまう。そしてひしと、
「ここに骨を埋《うず》めた三千のいのちを、犬死とさせてはならない」
斎藤下野は胸に誓わずにいられなかった。そして居るに堪えなくなったように、急に馬の背へ回《かえ》って、供の人々へ呼ばわった。
「おういっ。行こうぞ。陽が暮れかけた。……先へ参るぞ」
人々は野に散らかっていた。その影を見まわすと、或る者は、石を積んで塔を作り、或る者は鎧のちぎれや兜の鉢金《はちがね》などを寄せ、花を折って、供養《くよう》していた。——だが、不意にわれに回ると、石も捨て、花も捨て、思い思いにみな斎藤下野の馬のまわりへ駈け寄って来た。