歌ごころ
「せっかく、御学問中を」
「いやいや、徒然《つれづれ》のまま、ほんの慰みの書を手にしたまで」
「和歌のお書物のようですが」
「近衛前嗣卿から贈られた古今《こきん》です。みずから和歌を詠《よ》もうなどとは思わぬが、兵馬《へいば》倥偬《こうそう》のあいだにも、歌心は有りたく思う」
「歌心と仰せられますと」
「さて、どういうてよいか。……大和《やまと》心《ごころ》と申さばややそれに似かよう気もする。もっと小さくいうならば、剛に対する柔、殺に対する愛、刹那に対する悠久、動に対する静」
「すこし分りかけました」
「年々の合戦、日々も戦い。自然心は一途《いちず》となる。しかしこの戦国の果てなき末を思うと、たとえば長途を行くが如く、高き山へ登るがごとく、呼吸の調べが大事と思う。吐く息、吸う息、そして長きを保ち、乱れを知らぬ呼吸。つくづく思う。その大事をな」
「きのうは、単騎、信玄の中軍へ馳せ入られ、きょうは、静夜に、そのようなお考えを抱かれますか」
「たとえば、琴《こと》の絃《いと》も、懸けたままにしておいては、音がゆるむ。弓は、射るときのほかは、弦《つる》を外《はず》しておくものぞ」
「外せば、外したまま懸けるを忘れ、懸ければ外すことをつい忘れ。なかなかその心機を転じることが、われらには難《むずか》しゅうござりまする」
「されば、凡夫《ぼんぷ》われらには、暁《あ》けては、兵馬を見、燈《とも》しては書に親しみ、血腥《ちなまぐさ》い中にあるほど、歌心も、欲しいとするのじゃ。平易に申せば、身ひとつに文武ふたつをあわせ持つこと。至極やさしい。しかし難しい。——いうことだけは謙信にもいえるが、さて、行《おこな》うとなるとだな。……ははは」
おおらかに一笑すると、短檠《たんけい》の灯までが華やいだ。折ふし近習がそれへ供えた麦菓子をひとつ摂《と》って、茶をふくみ、寛《くつろ》いだ客あしらいを見せて、やがて彼のほうから訊いた。
「ときに、折入って、こよいは何事のお越しかの。承ろう。義清どの、ちと、お顔いろもすぐれぬようだが、何とせられたか」