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神州天馬侠11
日期:2018-11-30 18:01  点击:313
 月の裾野
 
    一
 
 並木《なみき》がとぎれたところからは、一望千里の裾野《すその》が見わたされる。
 忍剣《にんけん》は、この方角とにらんだ道を、一|念《ねん》こめて、さがしていくと、やがて、ゆくてにあたって、一|宇《う》の六角堂が目についた。
「おお、あれはいつの年か、このへんで戦《たたか》いのあったとき焼けのこった文殊閣《もんじゆかく》にちがいない。もしかすると、六部《ろくぶ》の巣《す》も、あれかもしれぬぞ……」
 と勇《いさ》みたって近づいていくと、はたして、くずれかけた文殊閣の石段のうえに、白衣《びやくえ》の六部が、月でもながめているのか、|ゆうちょう《ヽヽヽヽヽ》な顔をして腰かけている。
「こりゃ六部、あれほど呼《よ》んだのになぜ待たないのだ」
 忍剣はこんどこそ逃がさぬぞという気がまえで、その前につッ立った。
「なにかご用でござるか」
 と、かれはそらうそぶいていった。
「おおさ、問うところがあればこそ呼んだのだ。年ごろ十四、五に渡らせられる若君を見失ったのだ。知っていたら教えてくれ」
「知らない、ほかで聞け」
 六部の答えは、まるで忍剣を愚弄《ぐろう》している。
「だまれッ、この裾野《すその》の夜ふけに、問いたずねる人間がいるか。そういう汝《なんじ》の口ぶりがあやしい、正直にもうさぬと、これだぞッ」
 ぬッと、鉄杖《てつじよう》を鼻さきへ突きつけると、六部はかるくその先をつかんで、腰の下へしいてしまった。
「これッ、なんとするのだ」
 忍剣《にんけん》は、渾力《こんりき》をしぼって、それを引きぬこうとこころみたが、ぬけるどころか、大山《たいざん》にのしかかられたごとく一寸のゆるぎもしない。しかも、六部《ろくぶ》はへいきな顔で、両膝《りようひざ》にほおづえをついて笑っている。
「むッ……」
 と忍剣は、総身《そうみ》の力をふりしぼった。力にかけては、怪童といわれ、恵林寺《えりんじ》のおおきな庭石をかるがるとさして山門の階段をのぼったじぶんである。なにをッ、なにをッと、引けどねじれど、鉄杖《てつじよう》のほうが、まがりそうで、六部のからだはいぜんとしている。すると、ふいに、六部が腰をうかした。
「あッ——」
 思わずうしろへよろけた忍剣は、かッとなって、その鉄杖をふりかぶるが早いか、磐石《ばんじやく》も|みじん《ヽヽヽ》になれと打ちこんだが、六部の姿はひらりとかわって、空《くう》をうった鉄杖のさきが、|はっし《ヽヽヽ》と、石の粉《こ》をとばした。
「無念ッ」とかえす力で横ざまにはらい上げた鉄杖を、ふたたびくぐりぬけた六部は、杖《つえ》にしこんである無反《むぞ》りの冷刀《れいとう》をぬく手も見せず、ピカリと片手にひらめかせて、
「若僧《わかそう》、雲水」と錆《さび》をふくんだ声でよんだ。
「なにッ」と持ちなおした鉄杖を、まッこうにふりかぶった忍剣は、怒気《どき》にもえた目をみひらいて、ジリジリと相手のすきをねらいつめる。
 六部《ろくぶ》はといえば、片手にのばした一刀を、肩から切先《きつさき》まで水平にかまえて、忍剣《にんけん》の胸もとへと、うす気味のわるい死のかげを、ひら、ひら——とときおりひらめかせていく——。たがいの息と息は、その一しゅん、水のようにひそやかであった。しかも、総身《そうみ》の毛穴からもえたつ熱気は、焔《ほのお》となって、いまにも、そうほうの切先から火の輪《わ》をえがきそうに見える……。
 突《とつ》として、風を切っておどった銀蛇《ぎんだ》は、忍剣の真眉間《まみけん》へとんだ。
「おうッ」と、さけびかえした忍剣は、それを鉄杖《てつじよう》ではらったが、空《くう》をうッてのめッたとたん、背をのぞんで、六部はまたさッと斬りおろしてきた。
 そのはやさ、かわす間《ま》もあらばこそ、忍剣も、ぽんとうしろへとびのくより策《さく》がなかった。そして、踏《ふ》みとどまるが早いか、ふたたび鉄杖を横がまえに持つと、
「待て」と六部の声がかかった。
「怯《ひる》んだかッ」たたき返すように忍剣がいった。
「いやおくれはとらぬ。しかしきさまの鉄杖はめずらしい。いったいどこの何者だか聞かしてくれ」
「あてなしの旅をつづける雲水の忍剣というものだ。ところで、なんじこそただの六部ではあるまい」
「あやしいことはさらにない。ありふれた木遁《もくとん》の隠形《おんぎよう》でちょっときさまをからかってみたのだ」
「ふらちなやつだ。さてはきさまは、どこかの大名《だいみよう》の手先になって、諸国をうかがう、間諜《いぬ》だな」
「ばかをいえ。しのびに長《た》けているからといって、諜者《ちようじや》とはかぎるまい。このとおり六部《ろくぶ》を世わたりにする木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》という者だ。こう名のったところできくが、さっききさまのたずねた若君とは何者だ」
「その口にいつわりがないようすだから聞かしてやる。じつは、さる高貴なおん方のお供《とも》をしている」
「そうか。では武田《たけだ》の御曹子《おんぞうし》だな……」
「や、どうして、汝《なんじ》はそれを知っているのだ?」
「恵林寺《えりんじ》の焔《ほのお》のなかからのがれたときいて、とおくは、飛騨《ひだ》信濃《しなの》の山中から、この富士《ふじ》の裾野《すその》一帯《いつたい》まで、足にかけてさがしぬいていたのだ。きさまの口うらで、もうおいでになるところは拙者《せつしや》の目にうつってきた。このさきは、伊那丸《いなまる》さまはおよばずながら、この六部がお附添《つきそ》いするから、きさまは、安心してどこへでも落ちていったがよかろう」
 忍剣《にんけん》はおどろいた。まったくこの六部のいうこと、なすことは、いちいち|ふ《ヽ》におちない。のみならず、じぶんをしりぞけて、伊那丸をさがしだそうとする野心もあるらしい。
「たわけたことをもうせ。伊那丸さまはこの忍剣が命にかけて、お護《まも》りいたしているのだわ」
「そのお傅役《もりやく》が、さらわれたのも知らずにいるとは笑止千万《しようしせんばん》じやないか。御曹子《おんぞうし》はまえから拙者《せつしや》がさがしていたおん方だ、もうきさまに用はない」
「いわせておけば無礼《ぶれい》なことばを」
「それほどもうすなら、きさまはきさまでかってにさがせ。どれ、拙者《せつしや》は、これから明け方までに、おゆくえをつきとめて、思うところへお供《とも》をしよう」
「この痴《し》れものが」
 と、忍剣《にんけん》は真から腹立たしくなって、ふたたび鉄杖《てつじよう》をにぎりしめたとき、はるか裾野《すその》のあなたに、ただならぬ光を見つけた。
 六部《ろくぶ》の木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》も見つけた。
 ふたりはじッとひとみをすえて、しばらく黙然《もくねん》と立ちすくんでしまった。
 それは蛇形《だぎよう》の陣《じん》のごとく、うねうねと、裾野《すその》のあなたこなたからぬいめぐってくる一|道《どう》の火影《ほかげ》である。多くの松明《たいまつ》が右往左往《うおうざおう》するさまにそういない。
「あれだ!」いうがはやいか龍太郎は、一|足《そく》とびに、石段から姿をおどらした。
「うぬ。汝《なんじ》の手に若君をとられてたまるか」
 忍剣《にんけん》も、韋駄天《いだてん》ばしり、この一足《ひとあし》が、必死のあらそいとはなった。

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